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思想と二者択一



 * *
 
 
 ―聖界西区(ウエスト・ブロック)―


 西大聖堂、長の間。
 
 
 ジェラール・アニエスの起こした一連の事件をまとめた最終報告書を提出するため、千羽は隊の長である郡是と共に鬼夜の長の元へと訪れていた。
 
 族長は各大聖堂の長の間と呼ばれる部屋で日頃は勤務をこなしている。
 長の間に立つ度、千羽は異常なまでに緊張を胸に宿らせてしまう。なにせ、長という存在は位の高い四天守護家の中でも最高の地位に立つ。四天守護家でもない一般の天使が族長に会うなんて奇跡に近いのだ。

 こういった念を抱えているのは何も千羽だけではなく、郡是もまた緊張まではいかないもののいつも以上に表情が険しくなる。眉間の皺が一層深く刻まれている。
 
 「お疲れ様です」長の間の前に立つ護衛の天使兵二人が敬礼をしてきた。会釈で返し、二人は扉を叩いて応答を待つ。声が返ってきたため、二人は音無く扉を開け、静かに中へと入る。


 長・鬼夜菊代は席に着いて書類に目を通しているところだった。

 二人の姿を確認すると目尻を下げ、慈愛溢れる微笑を向けてくれる。

 
 恐れ多いとばかりに深々と頭を下げると二人は菊代に報告書を渡し、少し長の机から離れて片膝を立てた。
 ジェラール・アニエスの報告書だと郡是が説明すると、菊代はやや眉根を寄せて報告書に目を通し始める。

 その間、二人はジッと長の反応を待っていた。これが非常に長く思える。
 経った三分しか経っていない刻でも、三時間も刻が流れたのではないかと錯覚に惑わされる程、沈黙が重い。千羽はこの時間ほど苦手なものは無かった。早く反応を返してくれないだろうか、なんて思っていると小さな溜息が一つ。

 「困ったことをしてくれましたね」菊代は書類を机上に置き、気鬱な面持ちを作った。
 それは自分の失態に向けられたものだと思い込んだ千羽は「申し訳ありません」と頭を下げる。今回の事態は自分の不注意のせいなのだ。不注意のせいでセントエルフは逃亡の末に死亡した。悔やんでも悔やみきれない失態だ。

 しかし菊代はやんわりと千羽に言った。「貴方のことではございませんよ」
 

「困ったことをしてくれたのは寧ろセントエルフの方でございます。彼の取った行動は今後のことに大きく影響が出るでしょう」

「と、申しますと異例子のことでございましょうか?」

 
 郡是は控えめに尋ねた。

 死亡したセントエルフと異例子は友人関係にあった。友人が死亡したと知れば、当然異例子は憤慨するに違いない。
 また秘めた力を暴走させるのではないだろうか。郡是は懸念を抱いていた。菊代も同意見だった。死亡と聞いた当初は異例子に一報を入れるのが人情だと思っていたが、しかし、以前少年は力を暴走させたことがある。

 あの一件以来、こちらは安易にパライゾ軍のことを尋問できなくなったのだ。

 こちらとしては暴走させることは避けたいのだが。
 
 
「隠し事はいつかばれる日が来るでしょう。永久に隠し通せることができると断言できるものはないのですから。時が経てば経つほど、知った時の怒りは計り知れない。私としては明日にでも遺体となってしまった彼と面会させるべきだと思うのでございますが」


「しかしながら菊代さま。ジェラール・アニエスの遺体は今、西区の総合病院の霊安室にございます。
病院には医師や看護師は勿論、重い病を患った者もおります。異例子の不可解な力を考えますと面会はあまりに危険過ぎます。しかも異例子は聖界に反感の念を抱いております。聖界人に怨恨の念も抱いております。パライゾ軍と接触した件もございます。
友人の死を知り、何をしでかすか…、民に危害を加えるかも分かりません。僭越(せんえつ)の意見ながら一件は異例子に内密にするべきだと思います。菊代さま」

 
「分かっております、郡是隊長」
 

 ご尤もな意見だと菊代はまた一つ溜息。
 だからジェラール・アニエスは困ったことをしでかしてくれたのだ。こういった事態を招いてしまうのだから。
 



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あきゅろす。
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