02-10
「せめて君の足手纏いにはならないように…、と思えど、僕は魔界人でありながら生まれも育ちも人間界だ。しかも平和な国で過ごし生きてきた。剣術を嗜んではいるが実戦という実戦を経験したのは片指で数える程度。はっきり言って僕は弱い」
「ンなことないって。そりゃあたしは魔界生まれの魔界育ちだから実戦を数多く経験してきたけど、あんただってやる男じゃないか」
「ウム、君にそう言って貰えるのは光栄だが、実際のところ僕は聖保安部隊に負けた。向こうの実力は桁違いだった」
僕の美貌を崩してしまうほどの強さだったよ。天晴れだ。
ネイリーは重々しく溜息をついた。あの敗北は自分にとって非常に辛酸を味わわせるものだった。自信を打ち砕くには十分過ぎるものだった。
少しは向こうに対抗できるものかと思っていたが、まったく歯が立たなかった。相手が四天守護家直下の聖保安部隊だったからかもしれないが、それにしたって無様に負けてしまった。それがとても悔しく自分自身に腹立たしい。ネイリーは顔を顰めた。
「だから少しは、と思ってな」
「さっきのは? 目が充血…ってか、真っ赤だったけど。魔力も格段に上がってたし」
おずおず尋ねてみる。
「とても不細工になるだろ?」嫌になるとばかりにネイリーは嘆き、紅薔薇サーベルを風花に見せた。武器に目を落とした風花は首を傾げる。柄に模様が入っているただのサーベルに見えるが。よくよく見れば、サーベルの刃自体が臙脂色に染まっている。
「実はこれは家宝が埋め込んであるのだよ」
ネイリーはクリユンフ家に伝わる家宝・“ブラッド・クリスタルボール”がサーベルに宿っているのだと説明した。
“ブラッド・クリスタルボール”といえば、以前菜月とネイリーとの勝負で出てきた代物の名。
それを見事に探し出すかどうかで勝敗を決めるゲームをした時の、あの家宝がサーベルに宿っているだなんて。
曰く、家宝は自分の魔力を増幅させる力を宿しているらしい。それを使いこなそうと剣を振るっていたのだが、どうも上手くいかない。
おまけに力を制御できないせいか、それともそういう風になってしまうのか、映画に出てくるような吸血鬼の風貌になってしまうらしい。ネイリーは自分の美貌が崩れてしまうと嘆いた(ナルシスト発言に風花は呆れる他無かった)。
「それでも強くならなくてはな」そう言って微苦笑を零したのはその直後。
「フロイラインの相手をしてやれることはできないが、僕自身も独自にトレーニングをして強くなるよう努力はする。おっと聖界に行く情報収集も怠らないつもりだ。安心しておくれ」
「ネイリー。実際のところさ、あんたは聖界に行くってあたしの案、どう思った? 正直に言ってくれて構わないよ」
無茶を言ったとは思う。魔界人の自分達が聖界に行くなんて、自殺行為もいいところ。
自分は承知の上で案を出したが、それに乗ってくれた吸血鬼は実際のところをどう思っただろう。なんだかんだで吸血鬼は優しい。反感の念を抱いても自分に意見はしないだろう。こうして情報収集などして協力してくれるネイリーに今一度問いたい。聖界に行くことについての想いを。
間を置いてネイリーは答えた。
「正直、僕も君も無茶をしているとは思うぞ」聖界に乗り込む案に多大な不安を感じると吸血鬼は語る。けれどそれ以上に不安を感じていることがあるのだとネイリーは夜空を仰いで目を細くする。
「余計な心配事を増やすだけだから言うまいと思っていたのだが…、ジェラールが僕の前から姿を消してから妙な胸騒ぎを感じているんだ。杞憂だとは思うんだが、なんとなく彼、いや今は彼女だな。彼女のことを考えると、もしや何か彼女の身に何かあったのではないかと思うのだよ」
ジェラールとは子供の時からの付き合いだ。
魔界人である僕と親しくしてくれた、また僕の最愛の妹と友になってくれた心優しきセントエルフ。
月日を共にしてきたおかげか、なんとなく離れていてもお互いのことが分かるような気がするんだ。
さすがに彼が何故オカマの道を走ったかは分からないが、それでも良いことなのか悪いことなのか、妙なところで互いのことを察知してしまうのだよ。君と菜月にもなかったかい? そういうこと。
妙な胸騒ぎを感じるようになってからというもの、僕はやけに不安でな。憂慮を抱いて仕方が無いのだよ。
思えば思うほど何かしら行動を起こさなければいけない気がする。
ジェラールは僕の大切な友。彼女がいてくれたおかげで立ち直れた部分も沢山ある。妹の件でもそうだ。あの子を喪い、途方に暮れている僕を一番に支えてくれたのは彼女だ。今回の件でも彼女に助けられっぱなしで何も出来なかった。彼女に『守る』と言ってやったというのに。
しかも菜月の情報は手に入れど、ジェラールの情報は皆無だった。不安は募る一方。尚更のこと行動を起こさなければと気持ちが奮えるんだ。
「フロイライン、僕は僕の意思で聖界に行きたいと思ったのだよ。ジェラールのこともあるし、菜月だって僕の大切な友。無茶で馬鹿なことをしようとしているのは百も承知しているが、それでも行動しなければと思う。これが僕の正直な気持ちさ」
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