05-17
「郡是隊長。ジェラールさんはどうしているのでしょうか? 俺、一度コンタクトを取りたいと思っているんですけど」
聖界に来て二ヶ月が経ったが、一向にジェラールと会える機会が訪れない。
思い切って自分から機会を作ろうと尋ねた質問に、郡是は「許可できない」と即答。隣に並ぶ千羽は表情を強張らせていたが、菜月はそれに気付かず、何故だと理由を尋ねる。郡是は疑念を抱かれぬよう直ぐに答弁。
「監視下に置かれている者同士の接触は禁じられている。貴様等は友人関係にあった。罪人同士でもある。尚のこと接触は許可できない」
「接触すればジェラールさんと組んで犯罪を起こす可能性もあるから、ということでしょうか?」
「そういうことだ。文通のやり取りも許可はできない」
「では、今、どうしているかだけでも教えて下さらないでしょうか? 俺はただ、元気で暮らしているかどうか、それだけが知りたいんですけど。ジェラールさんは元気なんですよね?」
「ああ。変わりない」
「おい菜月。さっさと来い」
兄に呼ばれ、「直ぐに行く」と菜月は返答。
郡是に後でセントエルフの生活状況を教えて欲しいとだけ頼み、兄姉のもとに駆けた。「何してたんだよ」頭を叩かれ、菜月は脹れ面になりながら答弁。「ジェラールさんのことを聞いてたんだ」と。
「ジェラールさんと全然連絡取れないからさ…。あ、そうだ、二人は何か知らない? ジェラールさんのこと」
すると二人は知らないと首を横に振る。そうか、菜月は肩を落として溜息をついた。
元気だといいのだけれど、ぼやく菜月に、柚蘭と螺月はアイコンタクトを取って「菜月、あそこの店にさ」面白い魔具があるのだと、話題を切り替える。菜月自身気遣われたのだと思ったのだが、実際は真実が告げられない逃避のための策。
背後で隊長と副隊長の表情が険しくなっていることには気付きもしなかった。
ある程度買い物を済ますと柚蘭がオロコンと呼ばれるオレンジジュースに似た飲み物を買ってくれた。
姉は根本的に優しいのか、自分達兄弟(とカゲっぴの分)に加えてお目付けの二人にもジュースを渡していた。 「恐縮です」千羽は敬礼をしてジュースを受け取り、「いくらだった?」郡是は代金を支払おうとしていた。
しかし柚蘭は代金を取りはせず奢りだと表情を崩していたものだから、傍で見ていた螺月がお人好しだとこっそり呆れていた。菜月はそれに対し苦笑いを浮かべていたのだが、姉のちょっとした一面を見られたことに得をした気分だった。
休憩所のベンチに腰掛け、菜月はオロコンジュースを堪能する。
オレンジとレモンを合わせたようなサッパリとした味。甘味が苦手な菜月でも美味しいと思えるようなフレッシュな味だった。キンキンに冷えている分、それがジュースの美味さを引き立てている。
買い物客達の様子を眺めながら菜月はジュースで喉を潤していると右隣に座っていた兄が腰を上げる。
早いことにもうジュースを飲み終わったらしい。
「足りねぇし、なんか小腹も減った」
もう一杯オロコンジュースを買ってくる。ついでに何か固形物を買って来ると自分達に告げ、螺月は買い物客の中に紛れてしまった。
体が大きい分、兄は食欲旺盛らしい。特に兄は甘い物が大好きらしく、風花並みに菓子類は平らげる(風花の方が食べる量は上だが)。驚異的な胃袋だと思って仕方がない。自分が兄や風花のように甘い物を平らげた日には胸焼けで一日中ベッドとお友達になっていそうだ。
半分ほど飲んでしまったオロコンジュースに目を落とし、もう一杯はいらないな。なんて苦笑いを零していると、ごそごそ、ごそごそ、と紙の擦れる音が聞こえた。左隣に座っていた柚蘭が紙袋をあさっていたのだ。
何をしているのだと声を掛けようとした刹那、彼女は紙袋から手を抜いて、その手を菜月に差し出す。彼女の手の平には先程自分が眺めていたスモールフラス。しかも1番惹かれていたドラゴン達のスモールフラスが自分の前に現れたのだ。
驚く菜月に対し、柚蘭は目尻を下げてそれを末弟の手の平にのせる。
「ゆ…柚蘭、これ」
「菜月が喜ぶと思って私が買ったの。……なんてね。実は螺月がね、貴方が欲しいだろうってこっそりと買ってたの。でもあの子、不器用だから渡すタイミングがちっとも分からなかったみたい。
仕舞いには『てめぇが渡してくれ』って私に頼んできたの。私が買ったことにして欲しいって。だけど菜月に『真実を言うな』とは言われてないから。これ、螺月が貴方のためにって買って来たの」
どうして自分が欲しいと分かったのだろうか。確かあの時、兄姉は随分前を歩いていた筈。自分がこれに心を奪われているなど分からなかった筈。
目を白黒させながらスモールフラスに視線を落としていると、「螺月は貴方のお兄ちゃんだから」目尻を下げ柚蘭はそっと教えてくれる。
上になると、どうしても下の子がどうしているのか、今どういう気持ちなのか観察してしまうもの。自分が螺月や菜月に目を配って観察しているように、螺月も菜月をずっと観察していた。
だからスモールフラスに心奪われている菜月に気付き、こっそりとこれを買っておいたのだ。下の子を喜ばせたいがために。
話を聴き、菜月は微苦笑を零す。
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