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05-04


 

「スィッシュは鉢に入れるよりも、バケツに水を張って一日そこに入れておくといいぞ。こいつ、水を何よりの栄養分にしてるから、水があればあるほど元気になる」

「そうなんだ。へえ、人間界の植物とは全然違うね。ジャブジャブに水に浸したら、フツーは茎とか根とか腐るんだけど」

「こいつは本来水辺に生息する花なんだ。稀に中庭みてぇな辺鄙(へんぴ)な土地に咲くこともあるが、基本的に水辺が主体。だから水には強ぇ。こいつのスゲェところは川の氾濫を教えてくれる花でもあるってことだ」


 「氾濫を?」なんで? 興味津々に話を聞き入る菜月に、目尻を下げ、説明を続ける。
 

「水の量でこいつは花弁の色が変わるんだ。氾濫レベルになると花弁は燃える赤、警戒色になる。だから川辺に住む民はこの花を川沿いに植えたりするんだ。今日一日バケツに入れといたら、明日には花弁の色が変化してるぞ」


 「へえ」菜月は楽しみだと目を爛々に輝かせ、早速根を傷付けないように土を掘り始める。
 明日には元気になってるといいな、なんて口ずさみながら、せっせと土を掘る弟に一笑。相槌を打って、「明日が楽しみだな」と言葉を返す。気持ちはすっかり弟を面倒看る兄貴である。
 ―…もっと昔から弟とこうやって接してやれてたらなぁ、気持ちに陰りが差すが、今、過去を振り返っても仕方が無い。螺月は飽きもせず菜月の作業を眺めていた。
 

「あ、そういえば螺月。此処に来たってことは、もしかして手伝ってくれるの? 書類片付けは終わった?」
 

 おっと忘れていた、此処に来た目的のことを。
 螺月は早速買い物の一件を菜月に話す。スコップを片手に土を弄っていた菜月は螺月の誘いにギョッと驚き、思わず顔を上げて兄の顔を見つめる。「買い物に?」聞き返すと、「そっ。三人で中央区に買出しにいかないか?」繰り返し買い物に誘う。
 ポカンと口を開いていた菜月だが、息を吹き返すと顔を顰めた。これでも監視の身の上、自分が外に出るなど許されないのではないだろうか。
 
 率直に意見を出し、無理なのではないかと尋ねる。
 その点に関しては今、柚蘭が許可を貰いに出掛けていると返した。もしも許可を貰えたら一緒に買出しに行こう。積極的に誘ってくる兄に菜月は「うー…ん」と迷う素振りを見せた。
 

「俺が異例子だって周囲にばれたら…、厄介だしな。騒動が起きそうだし」

「異例子の顔を知っているのは極一部だ。問題はねぇと思うんだ」

  
 「でもなぁ」まだ顔を渋る菜月に、『行こうよ!』菜月の影からひょっこりとカゲっぴが顔を出す。

 既に兄姉に存在を知られてしまったため(魔界人と同居していたことにお小言を貰ってしまったが)、カゲっぴは堂々と三人の前に姿を現していた。聖保安部隊が来ない限り、身を隠す必要性がなくなったのだ。家の敷地内では魔封されているため、カゲっぴの魔力が漏れることもない。 
 悠々と姿を現しているカゲっぴは毎日家にいるのはつまらない、少しは外の空気を吸いたいと文句垂れる。

『恐がり菜月は引き篭もりのニートだから、まーったく外に出られないっちゅーの!』

 グサッ、菜月は20のダメージを受けた。引き篭もりは認めるとしてもニートは認めない。ちゃんと毎日家事に勤しんでいるのだから!
 しかしここで強く反論すれば大人気ない。引き攣り笑いで受け流し、改めて兄に大丈夫だろうかと疑問をぶつける。中央区といえば聖界の国都。一般人は勿論、四天守護家も集う場所。ばれる可能性がないとも限らない。ばれたら一大事だと苦言した。
 
 「大丈夫だって」螺月は根拠もない言の葉を送る。
 こちらもそれなりに配慮するし、周囲も一々人の顔など気にすることは無いだろう。螺月は積極的に末弟を買出しに誘った。実は自分たち姉弟は外出という外出を三人でしたことがなかったのだ。三人で出掛けられる絶好のチャンス。逃したくは無かった。

 『行きたいっちゅーの』カゲっぴも影から出て菜月の肩に乗ると髪の毛を引っ張り、みんなでお出掛けしようと駄々を捏ねる。


『カゲっぴは恐がり菜月の影の中でおとなしくしてるからー。ねーねーねー。恐がり菜月行こうよー。それにカゲっぴ、みんなで仲良くするの好きだっちゅーの。楽しくするの好きだっちゅーの』


「あ、アイテテ。カゲっぴ。髪引っ張らないで。分かった。みんなで行こう」

 
 わぁいとカゲっぴは喜び跳ねた。

 「おいおい大丈夫なのかよ」螺月は魔物を影に入れていても大丈夫なのかと意見する。仮にもカゲっぴは魔物で魔界人。見つかれば本人も勿論だが、匿っていた菜月にも危害が及ぶ。処罰の対象になりかねない。
 菜月は大丈夫だとカゲっぴに目を向けた。自分の影の中ならば魔力が掻き消されるだろうし、カゲっぴも小生意気な口は利くが基本良い子だ。おとなしく影の中にいてくれるだろう。


「本当は早く人間界に帰してあげたいんだけど…、螺月、どうにかできない? この子を風花達のところに送り帰してくれるだけでいいんだけど」

「移動魔法は聖界の決まった場所でしか使えねぇんだ。願いを叶えてやりてぇけど俺達の影の中じゃばれてしまうだろうしなぁ。菜月を移動魔法が使える場所まで連れて行くことも難しいし。1番良いのは聖保安部隊に任せることなんだが」


「あいつ等は信用できないよ。カゲっぴを抹消処分にしてしまうかもしれない。この子には罪が無いんだ。ちゃんと人間界に帰してあげないと。聖界じゃ窮屈な生活しか送らせてあげられないから」 
 

 それに仲良しこよしの相方とも離れ離れになっている。生きるべき場所に帰してあげなければカゲっぴが可哀想だ。離れ離れになって辛い思いをするのは自分達だけで十分だ。
 菜月は喜び跳ねるカゲっぴに目を落とし、武器代わりのスプーンをブンブンと振り回している様子を見つめていた。が、ふと別の疑問が湧く。




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あきゅろす。
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