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02-08


 
 皆で夕飯を取り、いつものようにあかり達を見送った後、風花は地下に足を運んでいた。
 
 等間隔に並んだ燭台の蝋燭の火だけが灯っている薄暗い廊下を突き進み、辿り着いた場所は二角獣のバイコーンと呼ばれた魔獣がいる大きな部屋。
 
 此処は以前、少年が吸血鬼と自分を賭けてゲームをした際、訪れた部屋だ。
 少年は此処でバイコーンと果敢にも戦い、見事に引き分けまで持ち込んだ。
 
 風花は鉄扉の前に立つと模様の入った扉を見つめ、そっと取っ手を握ると上に持ち上げた。
 押しても引いても開かない扉は上に持ち上げると糸も簡単に道を開いてくれる。容易に入れないよう、ちょっとした知恵が扉に利かせてあるのだ。元々此処にはクリユンフ家の家宝が置いてあった場所なのだから。
 
 中は一切の闇。視界はまったく利いていない。
 そっと風花が中に入ると、コツリと自分の足音と同時に耳のつんざく音、そして青白い電撃が自分の身に襲い掛かってくる。サッと身を屈み、風花は床を蹴って部屋に明かりを点すため、真横にあった赤いレバーを勢いよく下に下ろした。
 
 
 するとブオン―ッ、と電流の流れる音と共に部屋が明るくなる。
 
  
 風花の目に映ったのは二本の角をこちらに向けながら優美に地に立ち、艶やかなたてがみを靡かせる黒馬。バイコーンだ。
 “不純を司る魔界の荒くれ者”と呼ばれるほど性格は獰猛で鋭い角で人を平気に殺してしまう。魔力を持つ魔界人だって何人バイコーンにやられたか。しかしこのバイコーンは飼いならされているため、自分を攻撃しようと殺意は窺えない。寧ろこのバイコーンは風花の修行のためにいつも相手をしてくれている。
 
 「よっ!」風花が片手を挙げて挨拶をすると、バイコーンは鼻息を荒くして蹄で床を何度も叩き、持ち前の二本の角を振っている。挨拶はいいから早くやろうと態度で示しているのだ。
 

「あんたはいつも協力的だよねぇ。おかげであたしは助かってるよ。今夜も宜しくな!」

 
 笑みを向け、次の瞬間風花は銀の髪を靡かせながら駆け出した。
 
 走りながら風花の服装は漆黒のローブへと変わり、背にはコウモリを模ったような翼が生え、目の色は闘志が宿したように紅色へと変わった。
 右の手中に大鎌を召喚すると、目にも留まらぬ速さで駆け抜ける魔界の荒くれ者の角を刃の付け根で受け止めた。青白く発光する角を一瞥すると素早く角を弾き、宙を返った。発光する角から迸る電撃。四方八方に飛ぶそれらを避け、また大鎌で裂き、反撃に出た。

 大鎌を構え一振り。

 斬撃がかまいたちと変わり、バイコーンの身を裂こうとする。
 だがしかしバイコーンは持ち前の脚力でその場から逃げた。軽やかなステップを踏むようにジグザグに動きながら風花に突進する。「速ッ…」風花は避ける暇もなく、再び歯の付け根で鋭い角を受け止めた。
 以前の自分なら容易く避けることのできる攻撃だというのに。今は無様にも受け止めることしかできないなんて。修行を怠った三年のブランクは簡単に抜け出せそうに無い。
 
 風花は眉根を寄せた。

 人間界だからと修行を怠ったせいで、あの聖保安部隊の郡是と名乗る青髪の天使に負けてしまったのだ。不意打ちだろうとあの天使であれば、互角に渡り合えた筈。昔の自分なら勝てた筈。“魔界の三妖女”北風の悪魔は周囲から恐れられるほどの武術を持っていたのだ。仮に怪我を負ってしまったとしても勝てなかった相手ではなかった。
 強くなければ魔界では生き抜いていけなかったあの頃。だから死に物狂いで強さを求めたあの頃。強さを手に入れたあの頃。その強さがすっかり衰えてしまったため、聖保安部隊に負けてしまった。
 
 嗚呼、思い出す。郡是の言葉を。路地裏で襲撃された事件を。
 彼はバスターソードの刃先をこちらに向けながら、歯ごたえのない相手だと落胆の色を見せた。


『不意打ちとは言え、“魔界の三妖女”とはこの程度のものか。わざわざ懸念し、手を込んで仕掛けてみたが、これでは正面からでも容易に事が済んだな』
 

 ギリリと風花は奥歯を噛み締めた。
 
 腹立たしい。郡是の放った一言が。何より相手に傷を負わすことも出来ず負けてしまった自分が。腕が落ちたばっかりに、授業を怠っていたばっかりに、大好きな恋人が、大切な友人が聖界に帰ってしまった。
 「二度と聖界に首を突っ込むな」落胆の色を隠さぬまま自分にトドメを刺した郡是の表情が脳裏に過ぎる。風花は舌打ちを鳴らし、「舐めんじゃないよ!」大鎌の持つ手に力を込めた。




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あきゅろす。
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