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05-03


 

 コンコン―。

 
 ノック音に柚蘭は走らせていた羽根ペンを止め、「どうぞ」と返事を返す。「入るぞ」言うや否や入って来たのは二つ下の弟だった。
 自分と同じ金髪を持った弟は邪魔したかと作業をしている手中を指差す。日記を書いていただけだから気にしないで、微笑する柚蘭は日記帳を閉じて用件を尋ねる。
 
 「インク持ってねぇか?」書類を片付けていたら使っているインクが切れてしまったのだと螺月は苦々しく溜息をついた。「私もこれが最後なの」インク瓶を見せながら持っていないと答を返せば、「弱ったなぁ」と螺月。書類は来週までだがインクを補充しなければいけない。
 ついでに槍の手入れに使う砥石も買わなければ。買出しが面倒だと後頭部を掻く螺月に、今から買出しに行こうかと柚蘭は買い物に誘う。

 どうせ今日はお互いに休日だ。天気も好いし、絶好の買い物日和。折角だし買出しに行こうと提案する。

 
 しかし螺月は顔を渋る。
 砥石は中央区にしか売っていないのだ。中央区に出掛けるとなると遠出になってしまう。溜息をつく螺月は、なるべく家にいたいのだと吐露した。折角の休日だし、末弟と少しでも長く過ごして溝を埋めていきたい。

 弟の吐露に苦笑いを零した柚蘭だったが、閃いたとばかりに手を叩く。「菜月も連れて行きましょう」

 不意打ちを突かれたように螺月は目を瞠った。
 単なる買出しに末弟を連れて行く案なのだが、弟はそれはそれは驚いていた。無理もない。末弟を外に連れ出すなど聖保安部隊の許可がない限り、許されないことなのだ。聖保安部隊に掛け合ってみるからと柚蘭は机上に広げていた筆記用具等を片付け始める。
 

「少しは菜月に気晴らしをさせてあげましょう。毎日家に引き篭もって家事ばかりこなしていても面白くないと思うし…、父上の一件で外出が恐ろしいって思ってるかもしれない。たまには三人でお出掛けしてみない? 聖保安部隊には私から話してくるから。螺月は菜月を誘ってみて。大丈夫、父上も真昼間から襲ってくるとは思えないし」

 
 驚愕していた螺月だが見る見るうちに眼光が和らぐ。
 名案だとばかりに笑顔を零し、「誘ってくる」踵返して部屋から出て行った。弟の表情に愛しさを抱きながら柚蘭も腰を上げて部屋を出た。
 
 仮部署に足を運んで許可を貰わなければ。弟達のためにも、自分のためにも、人三倍物事に厳しい郡是率いる第五隊を説得し許可を貰ってきてみせる。

 「姉の腕の見せ所ね」笑声を漏らしながら柚蘭は仮部署に向かうため、玄関の扉を静かに開いたのだった。
   
 
 

(外出、か。そういえば俺等、三人で出掛けるってなかったんじゃないか。こりゃ良い機会だぞ)
 
 
 自分達の不仲が緩和されている今日この頃。
 外出を契機にもっと仲を深めれば、いつか菜月も本当の意味で自分達を家族と。―…駄目だ駄目だ、事を急いだって良い結果は実らない。じっくりと腰を据えて弟と距離を縮めていかなければ。
 気持ちを改め、螺月は中庭でハーブ薬草の世話に勤しんでいるであろう菜月のもとに向かう。案の定、菜月は中庭でハーブ薬草の世話をしていた。が、螺月は足を止めて目を細める。


(あいつ、何してるんだ?)
 

 菜月は必死に肥料の入った麻袋の端を握り締め、「ほんっと…参ったなぁっ」ゼェゼェと息をついて困り果てている様子。もしかして麻袋を持ち上げたいのだろうか。「よっし」菜月は気合を入れて、麻袋を抱え、そのまま。そのまま。そのまま。
 ………、数ミリも持ち上がってねぇじゃねえか。
 
 非力な弟を見かねた螺月は、彼に歩んでひょいっと麻袋を持ってやる。わりと軽い。というか軽い。これを持ち上げられなかった弟って。
 「あ、螺月」助かったと菜月は綻ぶ。「これを運びたかったのか?」「ううん」菜月は首を横に振り、麻袋を退けたかったのだと告げてきた。というのも、肥料の入った麻袋を引き摺り持ってきたまでは良かったのだが。


「この下に、野花が咲いてて…、ああ、やっぱり潰れちゃってる」


 やってしまったと菜月は肩を落とす。

 螺月がその花に向けると、そこには一輪のひしゃげた青い花。名前は“スィッシュ”と呼ばれる花で、聖界ではよく見られる花なのだが、中庭にはこれ一輪しか咲いておらず、菜月はこれがお気に入りだったのだと吐露。
 家の壁に立てていたスコップと鉢を取り、「此処に移動させよう」スコップで綺麗に形をとって土を掘り始める。
 草木に対して愛情を示している弟に微笑し、螺月は麻袋を壁際に置いて菜月の隣にしゃがんだ。




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