04-20 一頻りの談笑後、リビングキッチンの明かりを落として三人は絨毯の上に寝転ぶ。 薄暗い部屋の中、見慣れないリビングの天井が自分達を見下ろしていた。 自室にも存在するふてぶてしい魔封の魔法陣が自分を、自分達を、見下ろしている。菜月は魔法陣を見つめ返した後、両隣に寝転んでいる兄姉を見やる。慣れないせいか、なかなか眠れない。 今日一日のスケジュールはとてもハードだった言うのに、まったく眠気が襲ってこない。端っこならばまだ睡魔は襲ってきただろうに。 しかも意外と二人とも保つ距離感が短い。 妙な緊張を抱きながら菜月は左右に目を配る。なんで両者とも此方に顔を向けているのだろうか。余計眠れないではないか。 仰向けになる他に術はなく、菜月は眠れぬ時間を過ごしていた。既に眠りについている兄と姉の顔を盗み見る。暗くてよく見えないが、二人とも深い眠りについているようだ。小さな寝息が聞こえる。 菜月は瞬きを何度かした後、兄と姉を交互に見やって、放り出されている彼等の片手に着目。形も大きさも違う彼等の手、自分は昔、彼等と手を繋ぎたいと思っていた。兄と姉と手を繋いで、一緒に遊ぶ事が出来たら、そう願っていた夜があった。多々あった。 二人が十二分に眠っていることを確認した後、菜月は右の手、左の手を伸ばして、三つの手を各々結んでみる。「あったかい」菜月は思わず口に出してしまった。 「天使があったかいと思うなんて…、じいさま以来だ」 そのじいさまの前ではいつも子供になっちゃって、甘えて、我が儘言って。 同じように今、自分は兄姉の前で子供になりつつある。大人になりきれていない部分をいかんなく見せ始めている。人間界にいた頃は、その一面をしっかり封していたというのに。恋人にも、友人にも、殆ど見せなかった面を自分は今、家族と呼ばれる天使二人に見せ始めている。 戸惑いながらも菜月は手を握ってみた。 いつも卑屈でジグザグな自分に、いつも真っ直ぐにぶつかってくれる二人の手は本当にあたたかい。心まであたたまるようだ。 恥ずかしいことをしている自覚はあるが、菜月は手を振り払おうとは思わなかった。 (二人の本当の弟になれたらなぁ…、少しだけそう思うよ) もしも憎しみをぶつけていた兄姉に向かって『兄』と『姉』と呼んだら…。 果たして自分は都合の良い人間だろうか。都合の良い人間かもしれない。あんなに嫉妬心や憎悪をぶつけていたくせに…、それでもいい。そう思われてもいい。ほんの少しだけ二人の弟になりたいという気持ちが芽生えている。 生まれてきてくれて良かったと言ってくれる兄姉の、自分を弟だと呼んでくれる兄姉の、本当の、弟になれたら。それはとても幸せなことなのだろう。 父の研究によって種族を変えられてしまった自分。種族を変えられそうになった兄姉。 結局種族は異なってしまったけれど自分達兄姉は同じ運命を辿っていた。 これから自分達はどうなっていくのか分からないけれど、兄姉にはもっとまともな運命を辿って欲しい。心からそう願う。自分と違って真っ直ぐな彼等にもっと幸せな運命を手に入れて欲しい。これは嘘偽りない本心だ。 「あ、お礼」菜月は忘れていたと失笑してしまう。ちゃんとお礼をまだ言えていない。明日、面と向かって言えるだろうか。言えないような気がする。照れくさいではないか。 だから菜月は今、礼を口にする。今度は自分の口からはっきり、と。 「柚蘭、螺月、ありがとう」 あ、今、両側から小さな笑声が聞こえた。 なんだ、二人とも狸寝入りしているのか。実は自分と一緒で二人も睡魔を待っているのか。嗚呼、微かだが握っている手から笑声が伝わってくる。気恥ずかしくなりつつも菜月は気付かない振りをした。気付いたら手を放さなければいけないような気がしたのだ。 気付いてはいけない、二人が笑声を漏らしている状況も。体をより寄せてくれることも。近くなる距離も。なにもかも気付いてはいけない。でも体は余計なことをしてしまう。軽く二人の手を引いて結んでいる手を強く握り返す、という余計な事をしてしまうのだ。 今、自分達はしっかりと手を結んでいる。 それまでできなかった手を、自分達は放さぬようにしっかり結び合っている。 三つの体温は今、一つに溶け合っている。 昔、夢見ていた結び合う体温のあたたかさに、菜月は人知れず顔を綻ばせていた。 To be Continued... 20100711 [*前へ] [戻る] |