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04-13


 
 同時に「今だ!」螺月は姉弟に号令。
 瞬時に術を解いた柚蘭は菜月の手を取って駆け出す。足が縺れそうになりながらも、菜月はカゲっぴを影に入れ、懸命に姉、そして自分達の周りを援護する兄と共に闇が広がる深いふかい森へと逃げた。
 槍を片手に自分達の後ろを走る螺月は、しきりに後ろを振り返り、父が追って来ていないかどうかを確認。前を走る柚蘭と菜月には「全力で走れ!」指示を出した。
 
「後ろを振り返るな、背後は俺が援護するっから! できるだけ奴から遠ざかれ!」

「ええっ、菜月。我慢して走るのよ。辛いでしょうけど、少しだけの辛抱だから」
 
 痛いほど握ってくる姉の手の強さ、兄の張る声音、必死に守ってくれようとしている姉と兄。過去からでは考えられない二人の姿。
 ―…ああ、これが今の兄姉の姿。異例子をこんなにも必死に守ってくれる兄姉に、菜月は人知れず泣き笑いを零す。自分も含め馬鹿な兄姉だ。本当に自分達は馬鹿過ぎる。 
 
 ガウンッ、背後から聞こえてくる銃声に菜月は走りながら思わず振り返る。博学の天使の姿は見えないようだが、彼は一体どこに。
 「馬鹿」振り返るなっつってるだろうが、兄に注意され、菜月は慌てて視線を前方に向ける。今は逃げることだけに集中しないと。
 
 思い改めた直後のこと、不意に視界が二重三重にぶれる。
 「はれ?」突然足に力が入らなくなり、菜月は姉の手を放して転倒。顔面強打してしまい、盛大に身悶えすることになった。「菜月!」転倒した菜月の身を案じ、素早く柚蘭が膝を折って大丈夫かと声を掛けてくる。
 相槌は打つものの、「おかしい」菜月は自分の両足に視線を向けて目を白黒させた。
 

「なんか力…入らないんだけど。なんで、こんな時にっ…、体もちょっと熱っぽくなってきたし」


 両手の平に目を向ける。
 
 自分の意識とは関係なく、震えている手の平。それを包み込むように待とう薄っすらボンヤリとした赤いオーラ。このオーラは自身を纏っているようだ。「これは一体」絶句する菜月に、「まさか」柚蘭がすかさず額に手を当ててきた。
 以前、菜月は自分の未知な力を暴走させ高熱を出した事がある。あの時は菊代が速やかに処置をしてくれたため何事も無かったが…、また菜月の中の力が暴走を始めようとしているのではないだろうか。今は魔封の枷を掛けられているが、もしかして、もしかしたら。
 
 「熱いっ」菜月は汗で滲む額を手の甲で拭い、体が火照っていると顔を顰めた。それ以上も以下もない。ただ体が火照っている。ついでに言えば、体に力が入らない。まったく動けないわけではないが、体の反応が鈍っている。
 原因として考えられるのは博学の天使の薬、ホルモン魔剤と呼ばれる奇怪な薬を投与されたせいで体がこうなってしまったのでは。
 
 「分析は後だ」とにかく今は逃げる事が先決、螺月は背後を気にしながら菜月の腕を取った。「背負うから」負ぶってやるという提案、それを掻き消すように銃声が聞こえ三人は身構えた。
 背後には博学の天使の姿がない。しかし気配は感じる、はて何処に。
 
 
「ホルモン魔剤は体に害はない。少し、魔力の流れを乱すだけだ」
 
 
 クツリと喉で笑う声。
 
 三人は視線を上げた。博学の天使は木の枝から木の枝に飛び移って自分達の後を追い駆けて来たらしい。大木の枝に立ち、迷う事無く銃口を構えている。細く笑みを浮かべる博学の天使は、「どうする?」怪我をしたいか、それとも身を案じて異例子を渡すか、と二者択一を迫る。
 「ざけるな!」誰がてめぇの言うとおりに動くか、螺月は燃え盛る槍頭を相手に向け、眼光を鋭くした。
 
 
「これ以上、てめぇの好き勝手させて堪るか! 俺も柚蘭も菜月もっ、てめぇの研究材料にされるなんざ真っ平ごめんなんだよ!」

「ほぉ、怪我をしたいと見た。賢くない選択肢を選んだな」
 

 まあ、それはそれで良いんだがな。お前等の自由だ。
 
 クツクツと笑う博学の天使は持ち前の黒糸を微風に靡かせ、地上に向かって発砲。断続的に連発。熱帯びた弾丸が三兄姉に向かって飛んでいく。「アブネェ!」螺月は二人に伏せるよう指示。頷く前に菜月は姉に頭を抱きかかえられ、その場に押し倒された。
 瞠目する菜月がぎこちなく相手の顔を盗み見れば、「大丈夫」絶対にこの場から脱出するから、しきりに自分を励ましてくれる姉の姿。母の面影を匂わせるその容姿を見つめ、「うん」菜月は子供のように頷いて励ましを受け取った。
 
 受け取る他、守ってくれる彼女にしてやれることが見つからなかったのだ。
 
 姉が末弟を必死に守っている中、螺月は槍を構え、銃弾の軌道を変えようと躍起になっていた。
 せめて背後にいる姉弟に銃弾が飛ばないよう、状況下を変えたい。何か、何か手はないだろうか。クッと顔を顰め、コンマ単位で飛んでくる銃弾を槍頭で薙ぎ払う。その度、衝撃で体が後退するが気にしている余裕はない。
 
 「ン?」と、その時、博学の天使が発砲する手を止め、明後日の方向を睨んだ。そして舌打ち、「邪魔が入ったか」
 
 邪魔が入ったの意味が最初こそ分からなかったが、向こうから聞こえてくるドラゴンの一声。そして複数の声に、螺月は曇っていた表情を晴らす。
 聖保安部隊が自分達を捜しに来たのだ。菜月の枷には特殊な細工がしてあり、少しでも監視場から離れれば聖保安部隊に知らせが入るようなシステムになっている。菜月が監視場から離れたと一報が入り、聖保安部隊が出動したのだ。
 
 「近いです!」隊員の声が次第次第に近付いて来る。
 博学の天使は不満気な表情を作りつつ、最後だとばかりに銃口を空に向けて発砲。バサバサと眠っていた鳥たちが夜空に舞う中、博学の天使は三兄姉に対して冷笑を浮かべた。
 



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