01-23
朝日が窓辺を照らし始める。
日の光の眩しさに顔を顰めた柚蘭は、ゆっくりと上体を起こして欠伸を一つ。
夜通しで看護をしようと決意していたのだが、いつの間にか眠ってしまったようだ。目を擦り、末弟の容態を見ようと前方に目を向ける。目が点になってしまった。何故ならベッドが空っぽだったから。
「菜月ったら」
まだ安易に動いてはいけないというのに苦笑を零し、探してこようと腰を上げる。
その動作で螺月も目を覚ました。
「あれ、菜月は?」
凝り固まった体を解しつつ、末弟の姿を探す弟。
「やんちゃみたい」
目が覚めたらいなかったのだと柚蘭が告げれば、「はあ? マジかよ」と、弟は呆れ返った。
「まだ動ける体じゃねえだろうに。なーにしてるんだ、俺等の問題児末弟は」
「ほんっと。多分家の中にはいると思うんだけど。お手洗いかしら?」
末弟を探すべく、揃って自室を出る。
と、廊下に出た途端、鼻腔を擽る仄かに甘い香り。
その香りはリビングキッチンから漂ってきているようだ。不審を抱きつつ、二人が部屋には行ってみると、あらびっくり。末弟がキッチンに立って、鍋の中身を器に移していた。
「菜月。おはよう」
柚蘭の言葉に一瞥してくる末弟。
いつものように無視するかと思いきや、ぶっきら棒に「はよ」と、挨拶を返した。
同居初めて、挨拶されたことに驚きを抱く。夢でも見ているような気分だった。
「何してるの? 朝からキッチンに立って、まだ動ける体じゃないでしょ」
問うと、もう横になる、と言ってジャムの入った器をテーブルへ持っていく。
そこにはサラダと、フルーツと、そしてパウンドケーキが朝食として並べてられていた。
「これはパウンドケーキにつけて食べられる。天使の口に合うか分からないけど、朝食くらいにはなると思う」
じゃあ、そういうことだから。
菜月は軽く手を振り、リビングキッチンの扉を潜った。ちっとも自分達と会話してくれない末弟に、思わず呼び止める。
「菜月が用意してくれたの? 朝食」
末弟の足が止まり、きょろっとこげ茶の瞳を向けた。
そして、ぎこちないながらも、初めて兄姉の前で頬を崩す。
「借りは返す主義なんだ。文無しだから、これが俺の精一杯――あんた達は、俺が知っていたあの頃よりも、ずっとお人好し天使なんだね」
自室に帰っていく菜月の背中を見送った二人は、呆けたまま顔を見合わせ、小さく噴き出した。
言葉足らずでも伝わってくる、菜月の心境の変化。末弟なりに一歩、自分達に歩み寄ってくれたのだろう。きっと、そう、きっと。
「前途多難な同居生活だと思っていたけど、何とかなりそうだと思えてきたわね。螺月」
「ああ、ほんとにな」
「ふふっ。お人好し天使か。良い響きね」
これは大きな一歩だ。
凍てついていた関係を溶かす、素晴らしい一歩だ。
弾む感情をそのままに、柚蘭は急いで菜月の後を追った。
「待って菜月。いっしょに朝ごはんを食べましょう。今からスープを作るから、ねえ菜月ったら」
足早にリビングキッチンから出て行く柚蘭を見送り、螺月はお手製のジャムを人差し指につけてつまみ食い。甘酸っぱいジャムの味が心を躍らせる。
「初めて俺達に向かって笑ってくれたな。あんな風に笑うんだな、菜月の奴」
その日の朝のリビングキッチンは、いつもと違う日常光景に染まりつつあった。
To be Continued...
20100622
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