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11-20


 
 
 困った、千羽は微苦笑を零す。
 

 どうやら自分は部隊内で溝を掘ったようだ、憧れの上司や部下達に失望させてしまった。
 
 そりゃ今日の仕事っぷりを見られてしまっては失望されるのも仕方が無い。
 が、あからさま失望されてはさすがに胸に痛みが走る。少しならず、築き上げていた信頼性を失ってしまったのだから。大袈裟に物を言っているが、信頼とは些少の粗忽でも起こせば簡単に亀裂が入るものだ。特に仕事面では強くそれが指摘できる。
 
 深い溜息をつくと、千羽は崩れるように自分の席に着き、頬杖を付いて何処に焦点を当てるわけでもなく宙を見つめる。出てくるのはやはり長い溜息。本当に辞めてしまいたいものだ、聖保安部隊なんて。

 数ある職の中でも難関だと言われている憧れの部隊に入隊したものの、理想と現実は反比例。自分が抱いていた夢とは程遠い仕事ばかり描いてしまっている。純粋に人を守りたい、民を守りたい、聖界を守りたい、それを胸に抱いて努力を積んで入隊したというのに。

 
 実家に帰ってしまおうか。

 自分は西区のド田舎からやって来たし、実家に帰って家業でも手伝おうか。実家は小料理屋、その気になれば下っ端から修行を積んで料理人なんて道も。いやしかし、家族は揃って自分の入隊を祝福してくれた。もう仕事に限界を感じました、で、のこのこ帰省するわけにはいかない。どの面を下げて帰ってきた、という話である。

 「今更、実家には帰れないよな」千羽は苦味を噛み締めるかの如く、顔を顰め、ぐるぐると思考回路を動かす。
 
 
「ジェラール・アニエス、お前の言うとおり…、俺は聖界の一面しか見てなかった」
 
 
 小さく自嘲を零し、千羽は己の手で殺めてしまった異例子の友人を想う。
 
 自分にあらゆる視点で聖界の顔を知っておくよう助言してきてくれたオカマセントエルフ。
 死に際に放った、『聖界をもっと、知っときなさい』という台詞が杭のように記憶に貫いている。理不尽な理由で差別されている人達は、自分の守る聖界には沢山いる。そう彼、いや、彼女は教えてくれた。
 じゃあ、その面を知った自分はどうすれば良いのだろう。自分は異例子の兄と違って、明確な守るべき者はいない。漠然とした集団の括りを守るべき者達と称し、その者達を守ろうと今日(こんにち)まで生きてきた。我武者羅に仕事をこなしてきた。
 
 しかし守るべき礎が崩れてしまった今、自分は一体何をどうしていけばいいのだろうか。

 
 今までどおり素知らぬ顔で仕事をこなすことなど、心を鋼鉄にしても、もう…。

 
 己の心だって簡単な作りではないのだ。
 一度嫌悪したものを受け入れるにはそれなりの時間を費やさなければならないし、拒絶したものを本当に受け入れられるかどうか、心中で何度も葛藤を起こさなければならないだろう。結果、受け入れられるかどうかも、それは本人でも分からない。複雑な作りをしている心を無視できるほど、自分も器用ではないのだ。
 「サボって寝ちまいたいな」重々しく吐息をつく千羽は、軽く現実逃避を起こしかけていた。考えるだけ疲労が増していく。
 
 目を閉じ、反省することも忘れ、静寂の空気に身を寄せる。
 シンと静まり返る密室、壁一枚隔てている向こうでは大自然が雨で音を奏でている。回廊側の壁向こうに耳を傾けると、微かな足音たち。誰かが回廊、もしくは螺旋階段を昇降しているのだろう。

 このまま侘しい空気に溶け消えられたら楽になれるんだろうな、苦悶ばかり抱えていた千羽は完全に思考を止めていた。
  
 
 ふと、カツカツと目的ある足音が近付いてきた。
  
 
 確実に此処、聖保安第五隊部部署に足が向いている。
 まさか上司だろうか、千羽は慌てて付いていた肘を崩し、急いで席から立ち上がった。反省もせず、能天気に寛いでいました、なんておかんむりの郡是の怒りを煽るだけだ。

 しかし、止まる足音とノック音に相手は上司ではないことを覚る。上司であれば部屋を入る際、ノックなどしないのだから。
 
 「はい」千羽が応答を返せば、「失礼します」通った声と共に聖人の兵士が入って来た。
 自分に敬礼してくる兵士は早口で上司はいるかと尋ねてくる。否だと返し、用件を聞く。




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あきゅろす。
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