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11-05


 


「今日は仮病を使って休んだし、情報集めに専念することができるな。いざとなりゃコレもあるし、俺の十八番中の十八番、変身変装術がある」

 

 周囲に気配がないか確かめ、螺月は布鞄の中を覗き込む。そこには小さな水晶玉が顔を出した。

 漆黒帯びている水晶玉は、占いなどで使われる水晶玉ではない。これは四天守護家が平民達に所持することを禁じている魔具。名はクリスタルスコープ。
 市販されている水晶玉は占いや天気などちょっとした未来を視ることのできるだけの物なのだが、これは視たい相手をまんま映し出すための道具。
 
 主に聖保安部隊が監視用などに使う物で、幾ら四天守護家の者であろうと手にすることができない。

 聖斥侯隊が扱っているクリスタルスコープ追跡型もあるのだが、これは聖保安部隊が扱う監視型のクリスタルスコープ。セットになっているマイクロクリスタルを相手に仕込むことで、より視たい相手を映し出す事ができる。
  
 螺月は名簿ファイルと共に、クリスタルスコープを重宝庫から盗んできたのだ。
 念のため、あらかじめ用意していたダミーと摩り替えた。幸いなことに今のところ気付かれていないらしく、これのことでどうこう騒がれている情報は入ってきていない。

 気付かれても滅多な事では自分が犯人だとは思われないだろう。 
 なにせ、螺月には特殊魔法を使って自分の姿を別人に変えてこれを盗んだのだから。

 それこそ幻術や呪術魔法をまったく使えない螺月だが、それに似た変身変装術という特殊魔法は扱える。しかも謎の謎なことに周囲の者より技術が長けているのだ。子供や動物以外ならば、老若男女どんな者にでも変身が可能だ。
 
 螺月は幼い頃からこの魔法が大得意だった。技術が飛び抜けて長けていたため、自分でも疑念を抱くほど。
 この術に没頭した記憶は無いのだが、クラスではいつも首位に立っていた。少し前まで幻術や呪術魔法が使えない代わりに特殊魔法が長けてしまったのだと思っていたが、今思うと父の研究のせいなのかもしれない。幻術や呪術魔法が仕えなくなったのは父のせいだ。


 だったら、きっと長けている特殊魔法も父の研究のせいだと考えるのが筋。

 癪だが父のおかげで、この長けた能力は役立った。
 

 鞄の中から水晶玉に映し出される情景を見つめる。
 「動き始めたか」螺月は眉根を寄せる。残念ながらアウトロー・プリズンにいる弟を映し出すことは不可だったのだが、螺月の手にしているクリスタルスコープは今、一番視たい相手達が映っている。鬼夜族の幹部だ。 
 
 どうやら今夕に三階の東大会議で会議を開くらしい。他の上層部と話し合っている様子。
 では夕方、おエライ会議の様子を、とくと拝見させてもらおうではないか。
 
 螺月は奥歯をギリッと噛み締め、感情を噛み殺すとクリスタルスコープを鞄の奥底に仕舞った。
 胸糞悪い、鞄のボタンを留めると螺月は目の前のクッキーを二枚、掻っ攫って口に放り込んだ。「すみません、おかわり」店員に頼む始末。朝食だけで余計な出費が加算したのは言うまでもないだろう。
 

   
  
 三杯目のハーブティーを啜り、気を落ち着かせた頃、店は混雑し始めた。
 
 まだ昼時前なのだが、この店は繁盛しているだけあって人が常に多い。これを飲み終わったら、図書館にでも篭ってこれからの行動計画をじっくり練るか。
 脳内で今日の予定を立てながら茶を啜っていると、「申し訳ございません」店員が営業スマイルを貼り付けて声を掛けてきた。

 螺月は二人掛けのテーブルに腰掛けているのだが、店が混雑してきたため向かい側に人を座らせて良いかと承諾を得に店員が声を掛けてきたのだ。ハーブティーを飲み干して、もう出る予定だったため螺月は快諾する。「ありがとうございます」店員は深々と頭を下げ、「こちらです」客を案内した。


「すみません、お邪魔し…」

 
 向かい側に座る予定の客が台詞を途中で打ち切ってしまう。
 不都合でもあったのだろうか、視線を上げた螺月も客と目を合わせた途端、固まった。
 「ゲッ」声音を漏らしてしまったのはご愛嬌だろう。

 目前に立っていたのは螺月と非常に不仲にある(と、螺月が一方的に思っている)、郡是率いる聖保安部隊の副隊長、千羽司だったのだ。


 「ど、どうも…」ぎこちなく会釈してくる千羽に、「あ…ああ」螺月もぎこちなく返答。

 気まずくなる空気がテーブルを不穏へと誘(いざな)った。

  
 嗚呼、てめぇかよ、螺月は心中で溜息。
 警戒とゲンナリした気持ちが胸を占めた。特に警戒心が大きく胸を占める。何せ相手は聖保安部隊。聖界に忠誠を誓っている部隊に所属しているのだ。

 向こうの意思ではないにせよ、家族を引き離した部隊でもある。そう簡単に警戒心は拭えないものだ。




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あきゅろす。
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