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10-13



 風花は前を見据えて歩いていたが、もう一度だけ後ろを振り返る。
 店前で河吉は手を振ってくれていた。自分達の姿が見えなくなるまで、きっと手を振ってくれるのだろう。次第次第に小さくなる姿は、自分達の旅の健闘を祈るようにいつまでも手を振ってきてくれる。


 それが分かったから、風花は大きく手を振り返した。


 どうかしぶとく生きて欲しいと願いを籠めて。
 せめて淋しい思いをしないで生きて欲しいと願いを籠めて、大きくおおきく手を振ったのだった。

 クシャクシャな泣き笑い顔を作りながら。
 
   
   
  
 魔法で出した光玉の下、一行は片手に武器を持ち、エグサクトコンパスの導く指針を頼りに洞窟を進んで行く。
 聖界の土が混ぜられた魔石が埋め込んであるコンパスは一筋の光を放っている。それに従って一行は一点を目指して歩む。
 
 哀切な別れをしたけれども、いつまでも涙を流している場合ではない。それでは声援を送ってくれた河吉に怒られてしまう。気持ちを切り替えて進まなければ、自分達は聖界に行かなければならないのだから。
 魔力の入り乱れている洞窟内、警戒心を高めながら風花は聖界に行く気持ちを新たにしていた。
 

 風花は隣を歩む吸血鬼にポツリと零す。

 自分達は絶対に聖界に行かなければ、そして人間界に帰れなければいけないのだと。
 人間界で帰りを待ってくれている友は勿論、また一つ帰らなければいけない理由ができた。自分達は絶滅するであろう妖怪を語り継がなければいけない使命を負ったのだから。

 風花の言の葉に吸血鬼は片頬を崩して、そっと彼女の肩に手を置いた。


「そうだな。河吉に頼まれてしまったのだから…、“何でも屋”と“マスターキー”のタッグで森林河童のことを語り継いでいこう。
なに、僕は情報を携えている色ガラについているんだ。魔聖界専門だが、妖怪の情報を保管しておくくらいわけないさ。決して森林河童の存在は消えることはないよ」

「ん、河吉の分まで伝えてやるんだもんな。あたし、もう泣かないよ。あいつのことを可哀想だとも思わない。あいつが決めたことを可哀想だなんて失礼だしねぇ」

『カゲぽん、カゲっぴにエロ河童のこと教えてやるんだじぇ! …カゲっぴ、無事だといいけど』

 
 ネイリーの肩に乗っていたカゲぽんがシュンと項垂れる。

 カゲっぴは向こうの世界で聖界人たちに見つかり、菜月の手によって逃亡に成功したが、その後はどうなったのか一切の謎である。聖保安部隊の隊長、郡是忍が見つけ次第人間界に送り返すとは言っていたが。彼に見つかる前に聖界人に見つかれば、多分。

 「大丈夫だ」カゲっぴは強い、持ち前の逃げ足で聖界人を負かしている筈。
 ネイリーはカゲぽんを慰めた。うん、力強く頷くカゲぽんは前向きに発言する。自分の相棒はとても強いのだと。誰よりも強いのだと。
 
 流し目で見やりながら風花は、河吉のことを想う。
 長生きしろよ。しぶとく生きて森林河童のことを語り継いでいけよ。安らかに、孤独など感じない安穏な死を迎えろよ、と。
 
 

「なんかさ、こういう出会いと別れって“苺一円”って言うんだよねぇ。甘酸っぱいっつーか。なんっつーか」
 

 
 突然出てきた不可解な単語にネイリーは目を丸くする。
 はて苺一円とは…、まさか苺が一円だとは言わないだろう。首を傾げるネイリーに知らないのかよ、と風花は呆れ、踏ん反り返って意味を教える。

「一円だって無駄に出来ない、甘酸っぱい苺のような出会いと別れという意味だよ。ま、ネイリーが知らないのも無理はないよねぇ。これ日本で使われる単語だし」

 フフン、勉強になっただろ。あたしってこれでも物知りなんだよ。
 意気揚々と腕を組む風花の隣で、ネイリーは閃いたように手を叩いた。今の彼の頭上には電球が点灯している。

 風花が言いたいのは“一期一会”だ。
 
 まず“いちごいちえ”の“いちご”は『苺』と書くのではなく『一期』と書くのだが、『いちえん』ではなく『いちえ』なのだが、意味も微妙に違うのだが…、折角風花が熱く意味を説明してくれたのだ。意味を訂正することはよそう。
 菜月やあかりだったらツッコむところを、ネイリーはツッコむことなく素直な気持ちで風花の説明を聞き入れた(これによって風花はいつかまた、苺一円という言葉を使うだろう)。


 ちなみに一期一会の意味は『一生に一度しかない出会い』なので間違わないように、である。
 
 



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