[携帯モード] [URL送信]
09-25



 格子を持ったまま呆けていると菜月の背後からガシャン―、と嫌な物音。

 
 振り返れば、カゲっぴが慌てた様子でネズミから逃げていた。
 地下牢はあまり衛生が良くないため、ネズミがうろついていることがある。どうやら飢えたネズミはカゲっぴを食べ物と勘違いしたらしい。こっそりとトレイの上で食事をしていたカゲっぴをネズミが執拗に追い駆け回していた。

 慌ててネズミを払ったはいいが、一難去ってまた一難。カゲっぴの姿を看守達に見られてしまったのだ。


「異例子、何だそれは。小鬼か?」
 

 鬼が牢にいると分かるや否や、光の格子を解除。
 

 ずかずかと牢に入って怯えるカゲっぴを抓み、「何故鬼がいる?」と菜月に詰め寄る。小鬼であれ魔界人。抹消処分は確実だ。
 菜月は詰問してくる看守の目を引くため、わざと牢から逃げようと行動を移した。今なら格子が解除されている。逃げられることは可能だ。

 当然、看守はそれを阻止するべく菜月を捕らえる。その間、菜月はカゲっぴに逃げるよう言った。此処にいては殺される、菜月の訴えにカゲっぴは怯えながらも頷き、看守に火を吐くと身を捩って手から逃れる。
 
 『ごめんだっちゅーの!』グズグズと泣きながら影に入り、姿の見えなくなるカゲっぴを看守は追う。
 させないとばかりに菜月はできるだけ騒ぎを大きくするように身を捩り、声を張り、暴れた。何事かと他の看守達がやって来ても菜月は暴れ続けた。少しでもカゲっぴが逃げられる時間を持てるように。

 そしてその結果が、風花達の見ている、今の現状となるのだ。

 

「影の中に影鬼を飼っていたとは…、異例子。お前という奴はつくづく手を焼かせる」



 魔封を施されている菜月の影の中であれば、幾ら聖保安部隊といえどもそう簡単に鬼を見つけることはできないだろう。迂闊だった。
 郡是は舌打ちを鳴らし看守達にこれ以上の暴行は道理に反すると告げると、直ちに小鬼を見つけるよう命を下した。魔界人が聖界にいるなど言語道断。見つけ次第処分しなければならない。それが聖界の掟だ。子供であれどそれは同じこと。
  
 「千羽、行くぞ」看守達に命を下した郡是は自分達も小鬼を探しに行くと言った。
 「しかし」千羽は怪我を負っている異例子を見下ろし、このまま放置することは出来ないと意見する。幾ら異例子に非があっても、暴力を加えたのは此方。怪我の手当てくらいしてやるのが、人情なのではないかと千羽は思ったのだ。
 
 郡是は確かにな、と失笑。しかし手当ての許可は下ろさなかった。
 

「上からの命令が無い限り、異例子に施しをすることは許されん。気持ちは分かるが俺達は聖保安部隊。私情に左右されてはいけないんだ」


「隊長」

「グズグズするな。牢から出ろ、鍵を掛けるぞ」
 
 容赦ない命令に千羽は仕方が無しに異例子の体をベッドの上に寝かせ、牢から出た。後ろ髪を引かれるような顔を作っていたが、それ以上、異例子に視線を向けることは無かった。
 脂汗を流して苦痛に耐える菜月は一人、牢に残されたのだった。
 
 
 

「菜月…」

 
 ネイリーの腕から抜け出した風花は泉の直ぐ傍に座り込む。
 水面の向こうでうんぬん痛みに魘されている少年の傍に少しでもいたかったのだ。せめて痛みが和らぐ顔を見るまで傍にいたい。風花は河吉に暫くこのままにして欲しいと頼み込む。『んだぁ』河吉は余計な言の葉も掛けず、ただ頷いた。
 その気遣いが今の風花には嬉しかった。
 
 膝を抱え、黙って泉の向こうを見つめ始める風花の背を見つめていたネイリーは泣き笑いした。
 ある程度覚悟はしていたが、思った以上に事態は深刻化しているようだ。ジェラールの死亡説といい、菜月の扱いといい、聖界の差別の状況といい、胸が詰まる思いだ。
 
 と、カゲぽんがネイリーのスーツの裾を握り締めてきた。
 口をへの字に曲げているカゲぽんに微苦笑し、「君は立派な男だな」体を抱いて背中を擦ってやる。目の前の状況が恐くて仕方が無いだろうに、相方が心配で心配で泣きたいであろうに、目の前の小さな男の子は必死に感情を殺しているのだ。なんて勇ましい姿なのだろう。
 よしよしと背中を擦り、店の中に戻るかとカゲぽんに尋ねる。勇者は首を横に振った。風花が此処を出るまで残ると言うのだ。ネイリーも、はなっからその予定だったため、一緒に残るかと微笑する。

 ズズッ、ちーん。ズズズッ。

 ふと隣で鼻をかむ音が聞こえた。ネイリーが隣を見れば『切ねぇだなぁ』ハンカチで鼻をかんでいる河吉が立っていた。


『おらぁ、駄目なんだ。こーゆー恋愛はぁ。グスンッ、ねーちゃん、赤肌見せてくれねぇわけだぁ。一途に男を想ってるんだぁもんなぁ。どんな辛い状況にも目ぇ逸らさない。愛だなぁ。年取ると涙もろくなるから駄目だぁ』

「いやー、どちらにしろ裸は見せないと思うんだが…。それにしても河吉、どうして初対面の僕等にこんなに尽くしてくれるんだい?」

  
 親切心があるのは嬉しいが、初対面に此処まで尽くしてくれるお人好しもそうはいない。河吉はお人好し過ぎるのだ。
 しかし河吉はニッと笑って言うのだ。『情けを掛けるのに理由なんかいるだかぁ?』
 何とも寛大なご老人だ。ネイリーは目尻を下げ、感謝を述べた。向こうで膝を抱えている風花の分まで何度も礼を述べた。  




[*前へ][次へ#]

25/31ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!