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09-09


 

「『一緒に五大祭りに行こうね。約束』それが異例子が貴方と柚蘭殿に向けた言葉です。プリズンで異例子はこうも言っていましたよ。今度会ったら貴方達の弟になりたい、と」


 弟、に。 
 
 瞠目する螺月に哀しい笑顔を作り、千羽は言葉を重ねる。
 プリズンで、確かに自分は耳にしたのだ。異例子が、あれほど憎んでいた兄姉の弟になりたい、と。異例子はプリズンで自分とこんな会話を交わした。

『千羽副隊長。例えば、俺が罰を受けることになったらとしたら、柚蘭や螺月には、彼等には、やっぱり伝達が入ったりするんですか?』

『ああ、一応原則だからな』

『そうですか…、正直伝達をして欲しくない心境です』

 だって彼等は浅かで愚かな弟を惜しみなく弟だと言ってくれる人達。
 きっと罰を受けることになったら、二人は必要以上に心配してくれる。もしかしたら止めようと躍起になってくれるかもしれない。俺のことなんて放っとけばいいのに、あの人達は俺が弟だから、家族だから、兄姉だから、ただそれだけの理由で助けてくれようとする。お人好し以上のお人好しだから、俺のことで一喜一憂しているんじゃないか。そう思うと胸が痛いんです。

 ―…兄姉って本来、そういうものなんでしょうか? 今まで上二人と上手くいってなかった俺ですから、兄姉のこと、よく分からなくて。

 ただ一つ言える。
 あの人達は俺にとって大切な人達。二ヶ月という短い期間でも一緒に監視生活を送ってくれて、俺に居場所を与えてくれた、大切な人達なんです。

『心のどこかで俺はあの人達の…弟になりたい。家族になりたい。そう夢見る、異例子なんです』

『異例子…、お前』

『笑っちゃいますよね。二ヶ月前までの俺だったら到底考えられない気持ちでした。でも、俺は変わってしまいました。あの人達の一途な友愛のせいで。―…異例子が弟になれるかどうかなんて分かりませんけど、それでも俺はあの人達を兄と、姉と、いつか』


 ―――…異例子は弟になれるかどうか不安も口にしていました。お二人にとっては何を今更…、という話かもしれませんね。

 千羽は敬礼してゲヘナ域の門を潜る。彼が潜ると門番が鉄扉を閉め始めた。
 
 追うことさえ忘れ、ただひたすら佇む螺月はぎこちなくゲヘナ域に目を向けた。そこには立ち止まっている弟と郡是。
 何度も郡是が進むよう促しているが、弟は動こうとしない。扉が閉まるまでそこを動こうとしなかった。鉄扉の隙間が狭くなり小さくなる景色と弟の姿と聖保安部隊。スーッと隙間が消え、ずっしりと重量のある鉄扉が音を立てながら閉まる。扉の閉まる音が幸福を閉ざす音にさえ聞こえた。
 

 螺月は力なく周囲を見渡した。


 家族を、愛する者を返してくれと泣き喚く人だかり。記者達は門番に質問攻め。
 異様な光景だ。誰かは愛する者を返せと泣いているのに、傍で面白おかしい記事を書くために記者達が群がる。このまま此処にいては記者達に目を付けられそうだ。
 螺月は力の入らない足に鞭打ってふらふらっと歩み出す。足取りは覚束ない。それでも懸命に足を動かした。
 
 一歩また一歩、前へ前へと足を進めながら螺月は思考を巡らせた。
 脳裏に千羽の言葉が過ぎる。四天守護家の作り出したルールには誰も逆らえないということ。聖界の掲げる平和や平等とは何なのか。ルールも度が過ぎれば、ただの脅しだということ。
 
 自分達兄姉が咎人になるのでは、と心配している弟のこと。
 もう無理だと思ったら自分のことは諦めて母親と幸せに暮らして欲しいと弟は言っていた。一緒に聖歌祭に行きたいとぼやいていた。今まで拒絶していた弟が 自分達を好きだと、今の兄姉が好きだと言った。

 今度会ったら弟になりたいと、菜月は口にしてくれた。
 沢山の罪を犯した自分達のことを家族として受け入れてくれた。自分達は認められたのだ。弟に、家族と、兄姉と認められたのだ。夢の一つが叶ったのだ。


「弟になれるかどうか不安を口にしていた? 馬鹿、てめぇは俺等の弟だろ。大事な弟。何度も言ったじゃねえか」

 
 弟が聖界に戻って来てたった二ヶ月。

 同居している間、何度も衝突したけれど、困難にもぶち当たってきたけれど、自分達は一つひとつ乗り越えてきた。周囲の差別があっても耐えられた。異例子の帰還に冷やかしもあったが聞き流せた。父の告げられた真実に傷付いたが立ち直れた。
 傷付く日々より、身内に拒絶していた弟が少しずつ心を開き、自分達に歩み寄ってくれる日々の方が何倍も嬉しかったから。
 
 一緒に夕飯取る時間も、他愛もない談笑を交わす時間も、ハーブ薬草を収穫していた時間も楽しくて仕方がなかった。
 
 過去の過ちを忘れさせてくれる楽しい時間を三人で作ることができるようになったから、自分達はやってこられた。

 やっと自分達は、兄姉弟(きょうだい)の時間を過ごせるのだと喜びを噛み締めていた。
 やっと自分達は、兄姉弟で笑い合えるようになった。

 やっと自分達は、兄姉弟になれた。

 

 ―…なのに。

 




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あきゅろす。
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