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「裏切られた気分だ」


   

 ―――…時は少し前に遡り、西区(ウエスト・ブロック)、西大聖堂東棟二階。
 
  
 傾き始めた太陽。差し込む赤々と染まり始める西日が回廊を歩く天使の靡く金髪を一際煌かせる。
 
 早足で歩く長身の天使。改め螺月は数十メートル進む度に、族内から声を掛けられたが聞こえない振りをしていた。

「無視するなって」

 微かな文句が聞こえたとしても螺月は足を止めない。
 颯爽と回廊を歩き、提出すべき書類を上司に提出しに向かう。

 上司に書類を提出する際、螺月は「大変だろうが頑張れよ」と言葉を貰った。
 これで何度目だろうか。建前という名の同情を掛けられたのは。

「ありがとうございます」

 上辺では愛想笑いを返したが、螺月はほっとけという気分になった。付き合い上の言葉などいらない。思ってもいないことを口にしないで貰いたい。

 苛立ちを募らせながら螺月は執務室に戻ると身支度を始めた。

 そこでも仕事仲間に同情の声を掛けられ(やや冷やかしも入っていたような気がするが)、螺月は曖昧に微笑を返す。
 内心ではウンザリした念が募りに募って今にも崩れてしまいそうだった。

 しかし此処で崩してしまうと短気が表に出てしまう。

 そうなれば最後、面倒な事が起きるに違いない。

 螺月はグッと堪え、始終愛想笑いを浮かべながら執務室を後にした。その頃には変に気配りしたせいで疲労し切っていた。

「早く家に帰りたい」

 ぼやきながら螺旋階段を下っていると、背後からまた一つ声を掛けられる。
 よっぽどのことが無い限り立ち止まらないのだが、聞き覚えのある声に天使は立ち止まった。
 振り返って視線を上げれば、空色の髪を持った同族の青年が手摺向こうに身を出し、螺月を見下ろして手を振る。

 
「良かった螺月。まだ帰ってなかったんだな。ちょっと待ってろ、今そっち行くから」
 

 段を大股で二段越しに駆け下り空色の青年、改めて鬼夜朔月が螺月と肩を並べる。

「ようやく追いついた」

 ホッと胸を撫で下ろす朔月は、螺月を必死に追い駆けて来た。
 あまりにも螺月が早く歩くものだから心臓が破裂するかと思うくらい走った。と、大袈裟におどけてみせた。
 
「ばーか」

 悪態と共に一笑を零し、螺月は無二の親友と肩を並べながら段を下り、どうしたのだと尋ねる。

 今日はもうあがったのではないか。
 疑問を投げ掛ければ、朔月は大きく溜息をついて火急の仕事が入ったと愚痴を零す。 

「明日に使う会議の資料作成を頼まれたんだ。仕事は家に持って帰るつもりなんだけど、俺、資料作成ってのがどうも苦手でさ。螺月、この前資料作成してただろ。しかもあれ、とても好評だったそうじゃないか。余り持ってないか? お前のをモデルに資料作成をしたいんだ」
 
「ああ、今後の参考にしようって何部か持ってる。一部やるよ。って言っても、実は俺も柚蘭のを参考に作ったんだ。あいつはそういうことに関しちゃ長けてるからさ。流石女神の称号を持ってるだけある」

「だと思ったよ! お前って書類を片付ける仕事が苦手な奴だからさ。資料が好評って聞いた時、柚蘭さんに手伝ってもらったんじゃないかとは思ってたけど読みは当たったな。お前っていーっつも俺に書類片付けを手伝わす」

 ま、それだけ頼られてるって証拠だろうけどさ。

 笑声を漏らしながら朔月はこれから貰い受けて良いかと尋ねる。明日の午前九時までに上司へ提出しなければいけない大事な資料なのだ。時間は惜しい。
 
 すると螺月は家にあると決まり悪そうに頬を掻く。

 朔月は首を傾げた。

「取りに行くぞ?」

 言葉を掛けると、ますます決まり悪そうに目を泳がせる。

 不可解な態度に首を傾げるばかりだったが朔月は察した。
 親友から話は聞いている。表には出てないが螺月は姉と共に末弟と同居しているのだ。

 聖保安部隊の監視下に置かれてしまった末弟と仮住まいで同居している。
 それは鬼夜内では極一部しか知れ渡っていない情報だが、朔月は螺月から聞いていたため事情を知っていた。

「俺が行くと不味いか?」

 尋ねると、

「いや来てもらってもいいんだ。いいんだが」

 螺月は顔を顰めた。

「菜月に会っちまうかもしれないぞ。大丈夫か?」
 
 螺月は異例子と会う朔月の気持ちを気遣ってくれていた。
 しかし心外だとばかりに朔月は鼻を鳴らす。
  



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あきゅろす。
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