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09-08


 

「菜月!」


 声音を張って弟に駆け寄るが、群がる記者達や聖保安部隊が邪魔してなかなか前へと進めない。 
 それでも螺月は力任せに前進。聖保安部隊の手を掻い潜って目と鼻の先まで駆け寄る事ができたが、あと少しというところでまたしても邪魔が入った。千羽副隊長だ。彼の手は振り切っても振り切っても振り切れない。
 「退いてくれ!」悲痛な願いも、「命令なんです」哀れ震える声で打ち崩された。

 菜月は騒動に足を止めた。 
 
 「螺月?」そこにいるのかと尋ねてくる菜月の首には自分の貸した宝物がぶら下がっている。一目で大切にしてくれているのだと分かった。
 目隠しのため何も見えてはいないが、声で螺月が何処にいるのか何となく分かったのだろう。声の方へと振り向き、菜月は微笑する。薄い唇を動かし、何か言ったような気がするが、周囲の雑音が騒がしくて聞き取れなかった。

 郡是に促され、菜月はまた足を動かし始める。「うわっと!」石に躓き、こけそうになりながらも菜月はゲヘナ域の門を潜ってしまった。
 

「待て、待ってくれ菜月!」


 手を伸ばし、千羽の手を振り切ろうとするが振り切れない。どうしても振り切れない。
 「放してくれ!」千羽に懇願した。一度でいい、弟と話がしたい。何も前触れも無しにアウトロー・プリズンにぶち込むなど聞いていない。こんな仕打ち、あんまりではないか! 感情のまま喚く螺月に千羽が声を張った。


「申し訳ございません鬼夜螺月殿、我々もこのような真似したくなのです!」
 

 千羽の怒声に螺月は動きを止める。
 思わず目前の聖保安部隊を凝視した。誠意ある謝罪に頭から冷や水をかぶった気分になる。

 震える下唇を噛み締め、千羽は項垂れて何度も謝罪した。
 大切な家族を引き離すような真似をして申し訳ない。本来、自分達は弱き者を助ける部隊。家族への通達もなしに愛する身内を引き離すような横暴な手段を取るために作られた部隊ではない。隊長も自分も部下も重々分かっている。

 けれど自分達は一般天使。上の命令には逆らえぬ立場。四天守護家の作ったルールは一般天使にとって絶対なのだ。
 

「四天守護家の貴方様なら…、尚更お分かり頂けるでしょう? どんなに理不尽な理由でも我々民の出の者は上には逆らえない。分かっているのですよ、これが横暴な手段だってことは。不可解な点がありますし、今回の命はあまりに唐突過ぎます。それでも我々では何も出来ない。したくても逆らえない」

「千羽副隊長…」

「螺月殿、正義って何でしょう? 聖界の掲げる平和や平等って何でしょう? 自分は人を泣かせるために部隊に入ったのではありません。人を幸せにしたい一心で部隊に入りました。ですが、現実は違いました。聖界は過度なまでにルールに縛られ過ぎています。ルールも度が過ぎれば、ただの脅しです」
 

 泣き笑いする千羽は大人しくなった螺月の肩から手を放す。


「実は自分、プリズンで異例子と話す機会がありまして、異例子は貴方と柚蘭殿をとても心配しておりました」


 兄姉はお人好しだから、無茶をしているかもしれない。

 自分は魔界人と繋がった掟破りの聖界人。非は此方にあるのは一目瞭然。罰を受けて当然の存在。
 異例子はあなた方まで咎人になるのではないかと心配していました。出来ることなら一緒にまた暮らしたいけど、無茶だけはして欲しくない。無理だと思ったら、どうか母親と幸せに暮らして欲しい。今まで拒絶していたけれど、自分は今の兄姉が好きだ。
 
 そんなことを照れ臭そうに語っていました。
 

「でもやっぱりあなた方のことが好きだったんでしょうね。『聖歌祭に行きたいなぁ』と、繰り返し言っていました。『約束したのに…』落胆している様子も見え隠れしていました」


 菜月がそんなことを…、絶句する螺月に先程弟が言った言葉を代弁してくれた。
 弟の声が自分に届いていないことが分かっていたのだろう。




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あきゅろす。
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