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09-04


 
 その夜、時刻は午後八時過ぎ。

 仕事から帰宅した螺月はリビングキッチンで珈琲を淹れていた。
 弟と引き離されたことで元住んでいた家に強制送還されたのだが、長年慣れ親しむ家よりも、二ヶ月間という短期間ではあったものの三兄姉で住んだ家の方が我が家という感じがする。本来の我が家はとても殺伐としていた。空気が寂寞している。

 いつもだったら弟が夕飯を作って待ってくれている筈なのに…、螺月は軽く目を伏せた。
 弟と離れてから、料理という料理を自分も姉も食べていない。大抵パン等の軽食で済ませている。というのも自分達の仕事は相変わらず山のよう、次から次に仕事が襲い掛かってくる。
 姉にいたっては称号を得ている天使だ。忙殺される勢いで毎日を過ごしている。午前様帰りが当たり前。下っ端の自分なんてまだまだマシだ。

「菜月。メシ食ってるかな」

 プリズンに投獄された弟は無事なのだろうか。これから先、弟はどうなるのだろう。兄として自分にできることは? ぐるぐると悩みが渦巻く。ループのように。
 何度幹部と掛け合おうとしても取り合ってもらえなかった。自分は勿論、姉が粘り強く交渉を頼んでも、状況が状況だ。姉も幹部も忙殺されそうな毎日を送っているため、結局は交渉決裂。

 嗚呼、これからどうなっていくのだろう。

 暗い思考を振り払うようにかぶりを振る。
 珈琲を淹れた螺月は匙で砂糖山盛り三杯をカップに投入し、くるくる掻き混ぜながら席に着く。テーブルの上には買ってきたばかりの夕刊。広げて弟の記事が無いかどうか目を通す。
 
 異例子の情報が族内だけでなく一般の外部に漏洩している。
 誰が情報提供しているか分からないが、異例子の記事が毎日のように新聞に載っているため、螺月はこうやって朝夕刊を隈なくチェックしている。

 「あった」今日も載っていやがったと舌打ちを鳴らし、記事に目を通す。



【異例子をたどる】


異例子が生まれたのは二十年前。
市井(しせい)では「天使から生まれた人間の子供」として認識されている。

最も有名な出来事は神聖な“聖の罰”の無効化である。十三年も前の話だ。
母親に育児放棄をされ人間界に身を寄せた子供は大人へと成長している。

北大聖堂事件により異例子の帰還が報じられているが、異例子は今まで何処で何をしていたか不得要領。
四天守護家・鬼夜も異例子に関しては堅く口を閉ざしている現状だ。
鬼夜幹部の一部では「異例子が“聖の罰”を受ける日も近いかもしれない」と語っている。その時、彼は再び無効化を見せてくれるのか注目が集まる。

現在、異例子は西プリズンに拘束されている。
調べにより異例子の扱いは特別厳重だと分かっている。五人は収容できる一回り小さいプリズンに収容され、つくねんとベッドの上で日々を過ごしている。手足の枷は異例子の危険度を表しているようだ。

プリズン内で無の表情を貫き通す異例子の心情は誰も知る者はいない。

  

 
 グシャリ、螺月は力任せに新聞を握り潰した。
 
 その記事が載っている欄を破り、小さく丸め込むと塵箱に放り込む。
 いつもながら読むだけでも胸糞悪い。煮え滾る思いを噛み締めながら甘い珈琲で喉を潤す。
 人の弟のことを好き勝手書きやがって、弟の何処が危険人物なのか。弟はただただ大人ぶったガキなのに。いっちゃん腹が立ったのは鬼夜幹部のコメント。異例子の“聖の罰”を受ける日も近い、だなんて、決まりもしていないのに軽々しく口にしないでもらいたいものだ。

 螺月は自分の手が震えてることに気付き、舌打ちを鳴らしてカップを荒々しくソーサーに置く。
 弟が“聖の罰”を受ける、それは自分の大切な家族を亡くすということ。無効化がどうのこうのうんぬんかんぬん綴られているが、これはそれ以前の問題だ。愛する家族を喪うかもしれない。畏怖の念を抱いて仕方が無い。

 
「一度目の“聖の罰”の時は、早く受けちまえって思ってたんだよな。待ち遠しくて仕方が無かったんだよな…、本人に直接『良かったな』なんて言ったっけ」
 
 
 それがどうだ。
 
 二度目の“聖の罰”を受ける可能性が出てきたと知るや否や現実に慄いている。二度目の感情の方が正常なのだ。死ぬ家族を笑って見送るなど、当然あってはならないこと。感情が麻痺していたのだと思う。あの時は狂っていたのかもしれない。
 
「死なないでくれ。菜月」

 神さま、どうか…、本心を口にし、螺月は死という恐怖に震えた。一度でいい。弟に会いたい。元気かそうでないのか、それだけでも。
 
 扉の開閉音と足音が聞こえた。
 
 姉が帰ってきたのだ。螺月は恐怖心を隠し、リビングキッチンに入ってくる姉におかえりと挨拶。


「今日は早いな。仕事は…あ、」

 
 次の瞬間、瞠目。姉の他にも人がいたのだ。
 訪問者は中央大聖堂で勤務している大神官ユベル・ヴェーテンだった。

「突然の訪問失礼します」

 ユベルは微笑を浮かべ、螺月に会釈。螺月はぎこちなく会釈を返す。やっぱりユベル大神官は苦手な類(たぐい)だった。
 



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