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09-02




 ―聖界西区(ウエスト・ブロック)―


 西大聖堂。 

 その日、休憩時間を取ることに成功した朔月は紙袋を片手に慌しい職場を抜け、颯爽と回廊を歩いていた。
 抜ける際、自分がこれから向かう場所を知っているであろう職場仲間に「お前も物好きだな」と皮肉を浴びせられたが、変人と言われ続けられていることにはもう慣れているため、朔月は笑顔で皮肉を聞き流した。
 
 鬼夜朔月は族内の同期生達からはとても変わった人物だと言われていた。
 
 幼い頃から誰よりも人間界を愛しているから、ではなく、族内から煙たがれている人物と進んで交流しているため、朔月は変人扱いされていた。朔月からしてみれば周囲の方がよっぽど変人だと思うのだが、言ったところで皮肉られるだけ。好きに言わせておくことにした。
 螺旋階段を下り、空いている食堂へと向かった朔月は隅の席で昼食を取っている人物の姿を発見。早足でそいつに歩み寄り、彼の頭を小突いた。

 「アイデ!」何するんだと文句垂れてくる煙たがれ手いる人物、無二の親友の螺月は朔月にガンを飛ばしてくる。
 悪戯っぽく笑い朔月は向かい側の席に腰掛けた。


「螺月が俺を置いて昼食を取っているから、ちょっと制裁をな。ったく、俺は今朝約束したじゃないか。なのにお前ときたらそれを破って先にガツガツと食ってさ。
おっと『自分の周りにはうざったい記者が来たりするから、一緒に食うと迷惑になる』だなんて弁解をするつもりなら、それは受け取れないぞ。変人にそんな言い訳通じませんので。ということでこのアケの実は没収」


 トレイに乗っているさくらんぼのような粒の大きい赤い実を素早く没収し、朔月は口に放り込む。


 「嘘だろ!」螺月は素っ頓狂な声を上げた。アケの実は螺月の大好物なのだ。
 勿論、朔月は知っていたため敢えてそれを没収した。最後に食べようと思っていたのに、嘆く螺月に約束を破るからだと茶化した。それですべてをチャラにすると言葉を付け足して。
 
 紙袋からサンドウィッチを取り出し、口元には運びながら朔月は体調の方を尋ねる。
 螺月は数日前まで入院していたのだ。間を置いて螺月は大丈夫だと答える。声に覇気はない。アケの実を取られたからではなく、仕事に復帰してからの親友はこんな調子なのだ。とても落ち込んだ様子。

 詳しい事情は知らないが朔月はある程度の話を螺月から聞いている。弟と引き離されてしまったことを。
 更に誰が流したのか知らないが、新聞に異例子のことが載ってしまったため、鬼夜内は騒然としている。記者達が美味しいネタだとばかり集ってくるのだ。異例子の兄である螺月は、よく記者に捕まって取材をさせてくれと話を持ち掛けられているのだから始末が悪い。

 螺月にとって気分の悪いことこの上ないだろう。
 今日、螺月が自分との約束を破ったのも執拗に追い回してくる記者達のせいだ。真実を追究しようとしての異例子取材、ではなく、面白いネタがあるからと群がっている。マスコミなんて嫌な存在だ。すぐ人をネタにしてくるのだから。

 きっと同じ兄姉である柚蘭だって苦労しているに違いない。
 

「ま、取り敢えず沢山食って体調は整えとけよ。いざって時困るぞ。あ、螺月。お前、ほんとに体大丈夫なのか? 昨日、精密検査通告を受けたって聞いたけど…どっか悪いんじゃないか?」

「どっから聞いてきたんだよ。さては職場の奴等か。チッ、黙っとけっつったのに。別に体はなんてことねぇよ」
 

 精密検査通告を受けて健康だとは思えないのだが、朔月はサンドウィッチを頬張りながら目で螺月に訴える。なんてことないと言い張る螺月はガツガツとスープを口に運んだ。

 螺月は知っていた。精密検査通告を出したのは聖保安部隊なのだと。

 入院している間、姉から話を聞かされたのだが自分は異例子と同じ力を発揮したらしい。
 自覚はしている。妙な力が体の底から湧き上がってくるような感じがしたから。あの力は自分の体内を焦がし、身を焼き尽くすつもりだったのではないだろうか。そう思うほど湧いた力は凄まじかった。
 おかげで姉にとても心配された。体に異常は無いかどうか、しきりに尋ねては自分の身を案じてくれた。
 
 見舞いなのかどうか分からないが、病室を訪れた聖保安部隊隊長からも「今日にでも精密検査を受けろ」と身を案じ、専門医に診てもらうよう勧められた。

 裏では自分の力を懸念しているのだと螺月は気付いていた。
 何年も偏見的な目で見られているのだ。どういう風に自分を見ているのか、相手の目を見ればある程度分かる。隊の長個人に恨みはないが、聖保安部隊には恨みがあるため螺月は全力で検査を拒絶した。




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