01-08
「夢中になったせいで作り過ぎた。どうしよう、いくらカゲっぴでもこんなには食べられないだろうし。俺も二、三枚が限度だし」
大皿にいっぱいに並べられた大量のパウンドケーキに菜月はドッと冷汗を流す。
ついつい悪魔に作る勢いで作ってしまった。銀色の悪魔ならば、これくらいの量、ペロッと平らげてしまう。寧ろ足りないとぼやくため、もう一本焼いてしまうのだが。
「どうしよう」
菜月は作り過ぎたパウンドケーキと大量の木苺のジャムを前に途方に暮れた。捨てるには勿体無い。
「仕方が無い。これ、今日の夕食と明日の朝食にしよう。木苺のジャムは暫く俺のパンにつけるか。はあ、甘い物尽くし。胸焼けしそう」
するとパウンドケーキを食べていたカゲっぴが解決方法をサラッと述べた。
『兄ちゃん姉ちゃんにあげればいいっちゅーの』
「えー」
菜月は思わず声音を上げてしまった。
身内にあげるなど念頭にも無かったが、彼等にやるくらいならば自分で食した方が良い。どうせ不評だろうし。捨てられるかもしれないし。
卑屈に考える菜月に対し、『喜ぶと思うっちゅーの』と、カゲっぴはあげるよう勧めた。
『お仕事して疲れて帰って来るんだよ。菜月みたいなニートとは違うっちゅーの! きっと甘い物が欲しくなってるっちゅーの!』
菜月は精神的なダメージを受けた。
一応家事全般はしているのだが。家事全般は頑張っているのだが。
「そ…そうだね」
笑顔を向けながらも内心では号泣していた。好きでニートをしているわけではないのだけれど。
何度も渡すようカゲっぴに勧められ、菜月は仕方がいと折れた。
「兄姉に余ったからって押し付けるか」
何だか向こうのために作ったような気分にもなるが、この際、目を瞑ろう。
パウンドケーキを手に取り、口に入れてみる。
慣れない材料で作ったわりには上出来な味だ。
まだ粗熱が取れていない木苺ジャムもそれなりの味だし、向こうの口に合うかどうかは別だとして自分なりによく出来ていると思う。
一枚を平らげていると、前触れもなし玄関から扉の開閉音が聞こえた。
兄姉が帰ってきたのだろうか。
確か夕の刻には帰ってくると言っていた。
お菓子作りに没頭していたため、とっくに夕の刻を迎えているのだと今、気付いた。菜月はカゲっぴに影に潜るよう指示する。
何があっても声を上げてはいけない。出て来てはいけない。そう忠告して。
パウンドケーキを食べていたカゲっぴは菜月の指示に頷くと、急いで影の中に潜った。
コツコツコツ―、足音は複数。
(螺月と柚蘭がいっしょに帰ってきた?)
いやしかし、この歩調は兄姉にしてはきびきびとしていてテンポが速い。
菜月はゲンナリした。
聖保安部隊が自分の様子を見に家に上がって来たのだ。勝手に家に上がられる度に思うのだが、彼等の訪問はまるで抜き打ち検査でもされる気分だ。
重々しく溜息をついているとリビングキッチンに聖保安部隊が入って来た。全部で三人。すべて郡是の部下だ。
菜月は使った道具を拾い後片付けをしながら、眉間に皺ばっかり寄せている聖保安部隊に「どうも」と皮肉を込めて挨拶する。
挨拶を返さない聖保安部隊はリビングキッチンにどんどんと入り込んで異常が無かったか検査してくる。
さらにはボディーチェックまで。
相変わらず一抹の信用されていないのだと菜月は肩を竦めた。
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