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ゲヘナ域(=地下牢行)


  
 
 ―――その日、西大聖堂一階にある大広場は騒然としていた。

 
 大広場には大型の黒板型掲示板があるのだが皆、その掲示板の上を流れていく文字を読んで騒然。「まさかあの人までねぇ」やら「好い人だと思ってたのに」やら思い思いの感想を述べている。
 当然、皆の騒ぎに出勤した柚蘭と螺月も気付き、何事だと大広場の掲示板に向かう。

 「螺月!」掲示板に向かう途中、待ち伏せしていた朔月が駆け寄って来た。
 彼の右手にはしっかりと弟・砂月の手を握っているのだが、足のコンパスが短い砂月は今にもこけそうだ。「兄上ぇ、もっとゆっくりぃ…」きついと苦言する砂月に構う余裕がない朔月は、とにかく大急ぎで此方に掻けて来た。

 この騒ぎは何なんだ、二人が聞く前に朔月が矢継ぎ早に喋る。


「大変だ、螺月! そこの掲示板にアウトロー・プリズン(地下牢)行きの鬼夜族が発表されてるんだけど、お前の弟の名前が載ってたんだ!」
 

 しかも“聖の洗浄”の確定が名前の横に記載されてる。菜月くん、“聖の罰”を受ける対象者になっちまったんだ!
 
 アウトロー・プリズン(地下牢)行きってだけでも罪人扱いなのに、お前の弟は聖界で最も重い“聖の罰”を受けることになった、なったんだよ。
 菜月くんは西プリズンから西大聖堂立ち入り禁止区域・ゲヘナ域の地下牢に移されるんだ。さっき記者達がゲヘナ域の正門付近で騒いでいたから、菜月くん、もしかしたら…もう。

 後日中央大聖堂のアウトロー・プリズンに移されるって話だ。


「螺月、菜月くんは、菜月くんは…」

 
 泣きそうな声で朔月は唖然としている螺月の肩を掴み、大きく揺する。

 
「そんな…あの子が…」


 柚蘭はショックのあまり、その場に座り込んで言葉を失っていた。
 家族に相談も通告もなしに“聖の洗浄”が確定してしまうなんて。これは長の判断なのだろうか。それとも鬼夜幹部の判断だろうか。どちらにせよ、唐突過ぎる。
 砂月は異様な光景にどうすれば良いか分からず、取り敢えず、兄と手を離し、座り込んでしまった大尊敬している柚蘭にそっと声を掛けた。刹那、柚蘭に抱き締められ砂月は大きく動揺するが、もっと動揺していたのは柚蘭だった。
 
 呼吸さえ忘れてしまった螺月は「嘘だ…」と、ポツリ。

 
「菜月が…、ンなの、唐突じゃねえか。普通、神聖な儀式を決定する時…、公表する時…、家族に事前に知らされるものだぞ。俺等…、何も聞いてねぇよ。嘘だ。嘘だ!」

 
 口にした独り言が息を吹き返す契機となり、螺月は親友の手を振り払って駆け出した。
 「螺月!」朔月の呼び止めなど耳に入らない。嘘だと連呼しながら螺月は西大聖堂を飛び出すと、西大聖堂立ち入り禁止区域・ゲヘナ域へと駆けた。

 ゲヘナ域は罪人が集うため、西大聖堂領域との間にしっかりと厳重な高い壁と柵、巨大な門がそびえ立っている。
 更に内外に門番が立っているという厳重警備。ゲヘナ域内には見張り台も幾つか設置されている。螺月は以前、社会見学の一環で中を見回ったことがあった。あそこはまさに罪人を拘束するための収容所。ゲヘナ域の地下牢に弟が拘束されるなど、想像もしたくなかった。

 嗚呼、折角ユベル大神官が一役買ってくれると言ってくれたのに。流石の大神官でも地下牢に投獄される囚人の面会をもぎ取るのは容易ではない。
 

 螺月がゲヘナ域門前に到着すると、そこには人だかり。
 

 記者達が大半、かと思いきや泣き叫ぶ天使や聖人達がそこにはいた。
 アウトロー・プリズン行きを発表された天使や聖人達の家族だろう。大勢の聖保安部隊が泣き叫んでいる家族を止めている。門の向こうを見ると西プリズンからアウトロー・プリズンに移された囚人というべき者達が。
 
 「夫は何もしていない!」「子供を返して!」「話が違うじゃないか!」等々、悲痛な声が聞こえてくる。

 皆、何の前触れも無しに身内や愛する者がアウトロー・プリズンに入ると知って気が動転しているのだろう。現場は狂乱に満ちていた。
 
 二列に並ぶ囚人達は次々にアウトロー・プリズンに入るため、ゲヘナ域の門を潜っている。
 螺月は最後尾に見覚えのある顔を見つける。囚人達の中で両手両足の鉄枷に目隠し、と一際目立つ身形をしている囚人。郡是隊長に連れられ歩いているのは間違える筈もない、世界にたった一人しかいない自分の弟。
   



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