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08-04



 そんなわけで風花は通行人などの会話を立ち聞きしたりすることができるのである。
 擦れ違ったカップルの会話はどうも痴話喧嘩をしていたようで、「昨日の女は誰よ!」「友達だって言ってるだろ!」と日本でもよく耳しそうな会話が風花の鼓膜を振動していた。
 
 朝っぱらから喧しいなぁ、迷惑だ。と欠伸を噛み締める風花だが、今の刻は昼過ぎ。彼等に非はないと思われる。


「ふぁぁ〜。それにしてもよく寝た」


 新幹線から成田空港まで。成田空港から日本を飛び出しスイスまでフライト。
 それだけでも長旅だったため宿泊施設に着くなり散々寝明かした。寝る暇は無いと思いつつも、十二分に体力を温存することもまた大切だと風花は知っていたため、遠慮なく睡眠を貪った。
 

「さあて今日は電車移動だよな。さっさとミステリーデスゾーンに行くぞ!」


 風花は軽く頬を叩き今日こそミステリーデスゾーンに行ってやるっ、と一つ気合を入れた。
 ミステリーデスゾーンの場所は辰之助達の調べにより既に分かっている。後はそこまで電車移動したり歩いたりするだけだ。「うっし」風花が気合を入れているとネイリーの声が聞こえた。どうやくやって来たようだ。
 
 遅いと指摘し、振り返る。

 瞬間、片頬の筋肉が物の見事に引き攣った。吸血鬼は何を考えているのか、薔薇を片手にフロントの女性と和気藹々と話していたのだ。和気藹々ならまだしも右手を取って何やら口説いている様子。これから身を引き締めなければならないというのに何をチャラけたことをしているのだろうか、あの吸血鬼。

 バキゴキ関節を鳴らし、風花は吸血鬼に歩み寄った。刹那フロントの方角から悲鳴が上がり、ネイリーの影の中で休んでいたカゲぽんはこう語っている。


『吸血鬼は底知れぬアホだじぇ』


 子供に阿呆と言われてしまうほど、いやはや吸血鬼の起こした行動は残念極まりないものだった。
  
 
 
 一騒動を起こした一行は出発する前に腹ごしらえをしようとオープンカフェに入った。一行はまだ朝食(時刻的には遅めの昼食)を取っていなかったのだ。
 
 スイスの食事はどういうものなのかと期待していた風花は、まずスイスといったらハイジに出てくる黒いパンと白いパンを食すのが礼儀だと考えていた。風花の興味本位だというのは察するに値しないだろう。
 
 で、待望の出された黒いパンと白いパンを使ったサンドウィッチが出たわけなのだが、白も黒も異様に硬かった。
 特に黒いパン(色的には灰色)の硬さと言ったら、なんと表現すれば良いのか、パンと言うよりおせんべい、いやゴムぞうりを食べている気分。噛んでも噛んでも噛みきれない。味は申し分ない。塩気があるし、麦の香りが口いっぱいに広がる。が、やっぱり硬い。

 同じくテーブルの上でパンを食べているカゲぽんも悪戦苦闘している。
 『顎が疲れるんだじぇ』ついにはぐったりとその場に座り込んでしまう始末。
  

「ちょ、これなんなわけ? 超硬いんだけど…」


 不満タラタラに黒いサンドウィッチに目を落とす風花にネイリーは一笑した。


「ウム。日本のパンは欧米風で柔らかいのに対し、欧州のパンは硬いんだ。詰まっているというのかなぁ。とにかくしっかりとしている。僕的にはこういうパンで育ったからなぁ。寧ろ日本のパンの方が苦しめられた気がする」
 
「え? なんで?」

「ヘナヘナに柔らかいパンが慣れなかったのだよ! 食感が何ともなぁ…、もう慣れたが、やはりパンはこうでないとな!」
 

 美味そうにサンドウィッチを頬張る吸血鬼に風花は呆気に取られていたが、生まれた地が違うのだから食の味覚も違って当然。
 風花も黒いパンの味は好きだったのでそれ以上文句も言わなかったのだが、ハイジに出てくるヤギ飼い少年のおばあさんも、こりゃ苦労するわけだ、と同情はしたのだった。

 ちなみに白いパンは柔らかいイメージがあったのだが、確かに黒いパンに比べれば柔らかいが日本のパンと比較した場合、これも十分に硬いパンではあった。




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