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「ちょい長旅に行ってくるよ」

 
    
 * *
 
 
 時は夕の刻―。
 
 鬼夜直下・聖保安第三隊部の隊の長、八剣 潤二(やつるぎ じゅんじ)は重々しく吐息をつく。
 
 魔界人抹殺という鬼夜長直々の命を受け、科学文明の発達した人間界に降り立ったが、人間界の“科学”とやらがこんなにも手を煩わせるものだなんて予想外だ。
 魔界人は見たことも無い金属ケースのような乗り物を乗り回し、自分達、誇り高き聖保安部隊を撒いてしまった。
 
 必死にスピードについて行こうとはしたのだが、人間界の乗り物は非常に優れていた。どんどん加速していき自分達をかく乱するように撒いてしまう。移動魔法を使ってもこのザマだ。
 
 一度は見失った乗り物を追跡することができたのは、あらかじめ乗り物に追跡用の魔石を忍び込ませていたから。
 魔界人の魔力を感じ取れなくなっても、魔石が自分達を導いてくれる。そう高を括って乗り物を探した。乗り物は程なくして見つかった。しかし驚くべきことに乗り物は街から少し外れた崖の下で見つかった。ガードレールを破って草木が生い茂っている崖に飛び下りた、というところだろう。
 
 まさか自殺を図ったのでは?
 
 訝しげに崖に下りて乗り物を覗き込んでみるともぬけの殻。誰も乗っていなかった。現場の状況から魔界人は乗り物を崖から落としたのだろう。無論、自分達は崖から落とす前に脱出した。
 つまり逃げられたのだ。
 
 付近に魔界人の魔力は感じられない。今から奴等を捜すのは骨を折るだろう。
 「逃げられると思うな」八剣は舌を鳴らし、部下達と共に街へと戻ることにした。魔界人が住み慣れた街にいる限り、聖保安部隊は地の果てまで奴等を追ってお命を頂戴するだろう。
 

 しかし、もしも街を離れてしまったら―?
 

 自分達には成す術がない。一旦身を引いて聖斥侯隊(ひじりせっこうたい)に情報を集めてもらわなければ。そう、自分達が駄目でも聖界には幾らでも魔界人を捜す手立てがある。どんなことがあってもその命、貰い受ける。

「聖界に関わったのが運の尽きだ。北風の悪魔、吸血鬼、逃げられるものなら逃げてみろ」
 
 八剣はスーッと目を細め不敵に口角をつり上げた。
 
 
 
  
 同時刻―。
 
 あかりは錦夫妻や友達と共に指定された新幹線ホーム改札口前で人を待っていた。人、勿論それは銀色の悪魔と吸血鬼のことである。
 
 あれからあかりは皆と共に急いでネイリー宅にお邪魔し、スケルちゃんから荷物を受け取った。
 幸いなことにネイリー宅に聖界の追っ手は伸びていなかったようだ。既にネイリー達から連絡を受けていたスケルちゃんは自分達の姿を見るや否や葉をガチガチ鳴らしながら布鞄を押し付け、直ぐに此処から発って欲しいと訴えてきた。
 
 彼女は万が一のことを考えたのだろう。
 
 もしも聖界人が此処を訪れたらいけない。向こうは一度此処を訪れたことがある。
 もしかしたら此処に奇襲をかけてくるかもしれない。だから早くこれを持って此処を離れて欲しい。意味合いを込めて歯を鳴らしてきた。

 スケルちゃん自身は館主が不在中、此処を守る義務があると思っているらしく、一度たりとも自分達と共に行こうとはしなかった。安全な場所に避難するつもりもないらしい。

 朽ち果てるまでゾンビ達と共に屋敷を守り続けることが、自分の使命だとスケルちゃんは思っているのかもしれない。
 

 彼女の気持ちを酌み、あかり達は荷物を受け取ると早々に屋敷を退散した。
 その際、スケルちゃんはカゲぽんを連れて行って欲しいと頼み込んでくる。屋敷よりもあかり達と共にいた方が安全だと彼女は考えたらしい。何から何まで優しい気遣いを見せるスケルちゃんやゾンビ達の無事を祈りながら、一行は車で落ち合い場所へと向かった。

 錦夫妻は子供達に「家に残っていてもいい」と心配を見せてくれた。
 魔界人に手を貸した自分達もまた、聖界人の敵と見られる可能性は十二分にあるのである。子供達を安全な場所に置いておきたいというのが夫妻の本心だろう。

 しかし四人は見送りしたいという理由で、敢えて危険な道を選択した。
 これを逃せばこの先、今度いつ会えるか分からない。だからしっかりと挨拶を交わしておくのだ。夫妻は苦笑いを浮かべ、それ以上何も言ってこなかった。夫妻なりの優しさだろう。




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あきゅろす。
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