01-09
「何も無いな」
ひとりの独り言に、「見れば分かるでしょ」菜月は言葉を返す。
瞬間、鋭い眼光と共に軽い蹴りが脛に飛んで来た。自分の言葉など求めていないらしい。
だからって蹴る必要ないではないか。脛は弁慶の泣き所だというのに。脛を擦っていると、今の時点までで何をしていたのか報告するよう命令してきた。
「貴方様方に脛を蹴られました。非常に痛いです」
おどけ口調で言えば、ふざけるなとばかりに怒声を浴びせられた。ただの悪ふざけジョークで何を苛立っているのか。
呆れていると聖保安部隊のひとりに足払いをされる。その場に尻餅ついてしまう菜月は小さな悲鳴を上げ、打った尻を擦る。
「結構な扱いですね」
わざわざ皮肉を込めて言えば、調子に乗るなと胸倉を掴まれ壁に投げられた。
壁に背中を打ちつけながら菜月は痛みを表に出さず、代わりにやれやれと呆れ笑ってみせた。
「あんた達、短気じゃないの? 螺月より酷くてタチが悪いよ。それとも異例子に胡散でも晴らしたい?」
「黙れ。自分がどんな身の上かまったく分かってないようだな。お前のような不届きな奴、さっさと裁きを受ければ良かったものの。なんで監視という甘い罰を受けているんだ」
四天守護家が誇る聖保安部隊は悪人と異端児には容赦が無いようだ。嫌悪感交じりの悪態を吐き捨てた。
聖保安部隊側からすれば、確かに自分の処罰は生ぬるいだろう。そればかりか、自由の一切を拘束をされているものの人並み程度の生活は用意されている。監視する相手は口も態度も悪い。
監視側としては面白くもない光景極まりない。
しかしこちらだって望んで下された罰ではないのだ。できることなら人間界で暮らして生きたかったのだ。
「気に食わないなら地下牢にぶち込めばいいじゃないか」
負けじと反論すると、素早くソードが召喚され(聖保安部隊は魔力封の魔法陣の影響を受けていないようだ)鞘におさまったまま、ソードで薙ぎ払われた。
床に倒れた菜月は右腕を押さえた。ソードが右腕に直撃した。
しかも相手は加減してくれなかったようだ。右腕が焼かれるに痛い。
もしかして骨にひびでも入ったのではないだろうか。まったく何でもかんでも直ぐに手を出してくる物騒な輩だ。
菜月は痛みに呻きながらも、嫌味ったらしく笑ってみせた。
「そうやってすぐに手を出す」
それが短気なのだとゆっくりと立ち上がり、小生意気に口を利いてみせた。
「少しは口で返そうと思わない? おっと、お願いだからそうやってまた手を出そうとするのはやめてよね。俺、あんた達よりかは丈夫じゃないんだから」
鞘に包まれたソードを構える聖保安部隊のひとりに言うと、「おとなしくすれば怪我はしないんだ」忌々しそうに構えを解いた。
「異例子。お前は聖界に贖罪する気など毛頭ないだろ。菊代さまも慈悲を受けているに拘わらず、態度に反省という色が一つも窺えない」
「魔界人と繋がった。それのどこが悪いのか、愚者の俺には分からないもんでね。あんた達みたいな凝り固まった頭じゃ、魔界人の素晴らしさなんて理解もできないだろうけど。聖界人一番だって思ってるあんた達にはね!」
荒々しくテーブルに体がぶつかった。拍子にテーブルにのっていた大皿が落ちる。
床と激突し、大皿が派手に割れてパウンドケーキが飛び散った。
(あーあ、折角作ったパウンドケーキが床に散らばった)
力作だったというのに勿体無い。拾ったらまだ食べられるかな。しかも大皿まで割れちゃって。後で片付けないと。
なんて場違いなんてことを思いながら、仰向けになっていた菜月は上体を起こす。
「だから暴力は反対だって」
愚痴ると、隊のひとりが此方に歩み寄って来た。
ばら撒かれたパウンドケーキを数枚踏むなんてどんな嫌がらせだろうか。一応それは自分の中で美味くできた類に入るのに。踏んでくれたら食えないではないか!
舌打ちを鳴らすと同時に胸倉を掴まれ、強く引かれた。
「長さまの慈悲が無ければ、この場で息の根を止めているところだ。覚えておけ。化け物」
お前なんて聖界の汚点の他なんでもないのだから。同じ聖界人と思うだけでも反吐が出る。
「お前がそんなんだから、だから母親にも捨てられるんだ」
嫌悪に近い悪態を吐き捨てると、相手は掴んでいた胸倉を手放し踵返した。異常が無かったということで帰るらしい。
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