[携帯モード] [URL送信]
07-10


   
 刹那、手帳が瞬く間に分厚い辞書のような物に変化する。

 目を見開く風花に「カモフラージュブックだな」とネイリーは説明する。
 手帳は仮の姿、外部に見られては不味い日記や本などをカモフラージュする魔本だと言う。また持ち運びしやすい利点を兼ね備えている。

 主に聖界で使われている魔本だと告げながら、ネイリーは中身を開いた。

 中身は日記らしい。日付らしきものが文頭にきている。
 日本語で綴られているページを眺めながら、風花はなんて書いてあるのかとネイリーに尋ねる。目で文を追いながら吸血鬼は風花のために音読し始めた。
 

「“聖界暦××年 風の祈り 光の拝。
聖界の家族の元に行く。柚蘭や螺月の笑顔はまったく見られなかった。鈴葉は泣いているだけ。部屋に引き篭もっている菜月が痣だらけなのを見つけた。鈴葉に虐待されていたらしい。我が娘の仕打ちに胸が張り裂けそうな思いだった。柚蘭も螺月もこれを知っているのだろうか? 二人は虐待されていないだろうか? 心配で心配で息が詰まりそうだ”

―…今読んでいる文章にはそう綴られている。ウム、菜月のシビアな家族の内情が綴られてるな」
 

「…やっぱ菜月、母親に虐待されてたんだ。じいさまがそれを知ってからは手を上げなくなったって言ってたけど。まざまざあいつの過去を見せ付けられた気分」

「フウム。主に家族のことばかりが綴られているな」
 
 
 パラパラとページを捲りながらネイリーは文をななめ読みしていく。
 聖界の情報は眠っていなさそうだ。風花は落胆していると、「ん?」ネイリーの捲る手が止まった。何か情報が記されていたか。彼に声を掛けると、吸血鬼は音読を始める。

 
「“聖界歴××年 水の祈り 火の拝。
人間界はクリスマスイブ。菜月は12歳の誕生日を迎える。喜びも束の間、真夜中、灯月が姿を現した。音沙汰のなかった義理の息子が目前に現れたのだ。言葉も無かった。灯月は話があるとワシに告げてきた。奴の話に愕然とするとしかなかった。『菜月達は人間じゃない。天使でもない』と灯月は言うのだ”」
 

「菜月達は人間じゃない? ちょ、待ち待ち待ち。まず灯月って菜月の父ちゃんだろ?」


 何、人間じゃないって。天使でもないって。
 菜月の出生は特殊だとしても純粋な人間だった筈。兄姉も純粋な天使だった筈。なのにどういう意味だ? 風花は続きを読んでくれるようネイリーに頼んだ。

 
「“柚蘭、螺月、菜月はどこにもない種族だと灯月は語る。人間でもなく天使でもなく悪魔でもなく…、作り変えられた種族だと。あえて言えば孫達は新種族。そして三人はかつて滅んだであろう<創力(そうりき)>が宿っている可能性が高い”」
 

 ネイリーは淡々とした口調で一文一文を読んでいく。

 次のページを捲って読み進めていく内にふたりは息を呑んでしまった。これは自分達が安易に知ってはいけないことまで綴られている。
 パタン、ネイリーはそっと日記帳を閉じて紐を強く引っ張る。仮の姿へとそれは戻った。手帳を風花に手渡し、ネイリーは揺るぎない光を眼に宿して言った。「これは菜月に渡すべきだ」
 
「フロイライン。これは君が菜月に渡しておくれ。菜月、いや兄姉にでもいい。僕等が持っておくべきものではない」

 風花は頷いて手帳を受け取った。古びた手帳に目を落とし、悪魔は苦笑する。

「なんか…皮肉だねぇ。あいつ等、別々の種族だったせいで菜月は母親から愛されず、兄姉は周囲から差別されてきた。兄姉弟(きょうだい)仲も最悪」

 だけど日記の内容が本当ならあいつ等、見た目の種族は違えど中身は同種族だったんだ。
 新種族ってのは分からないけどさ。おんなじなのに末弟は兄姉を尊敬し愛して、兄姉は弟を憎んで侮蔑して。月日が経てば逆転。末弟は家族そのものに強い憎悪を抱き、兄姉は末弟に家族愛が芽生える。

 擦れ違いばっかだ。
 おんなじ種族なのに、それさえ知らなくて互いに嫌悪して、時間は違えど愛情を抱いて、家族だって思いたくて思われたくて。何処で三人は間違っちまったんだろうねぇ。何だか切なくなるよ。

 風花の意見にネイリーは間を置いて口を開く。
 

「最初から気付けば未来は変わっていたのかもしれないな。最初から種族は違えど“同じ血が流れている”。そう気付けばきっと…。
家族と言えど分からないこともある。所詮別個の人格を持った生き物だ。分からなくて当然だ。別個の人格の集った構成員だと、誰かは言うかもしれない。様々な家庭の形もある」


 それでもな、フロイライン。僕は思うのだよ。
 愛情の芽生えている家族は何かを変えるのではないかと。仮に血が繋がって無くても愛情が芽生えていれば、何かが変わる。愛情が何かを変えてくれる。家族とは不思議なものだな。

 家族というものは何かしら不思議な繋がりがあるのかもしれないな。




[*前へ][次へ#]

10/22ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!