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聖界旅路直前


 
 * *
  
 
 AP10:00―。
 
   
 静かで穏やかな日曜の朝。時刻はゆっくりと正午を刻んでいた。
 昨夜、ネイリーから連絡を受けた風花は本条家で眠れぬ嬉々に満ちた一夜を過ごした。
 待ち望んでいた情報が手に入った。それだけで風花の未来への視界は晴れたのである。睡魔など訪れてくれる気配もなく、殆ど一睡もしていない状態なのだが風花は寝不足さえ感じていなかった。

 用意されていた朝食を人並み以上に平らげると、彼女の家族に世話になった挨拶を交わす。
 あかりの母・都美子は「またいらしてく下さい」と目尻を下げ、あかりの妹・ひだまりは「もう出掛けてしまうのか」と落胆の色を見せていた。また来るからと風花は言葉を掛け、起床していないあかりの父・武生にも宜しく伝えてくれるよう言うと、改めて世話になった礼を告げた。

 その後はあかりと共に家を出て、迎えに来たネイリーの車に揃って乗り込む。


 向かう先は妖怪探偵をしている錦家。車で10分も掛からない。

 更にネイリーがややスピードを出したため、乗ってゆっくり駄弁る間もなく目的地に到着した。 


 目前の一軒家を目にした風花は車から降りると思わず感嘆の声を上げた。
 錦家は一軒家なのだが、大層立派で周囲の家々を圧倒している。そこだけ別空間、という表現が似つかわしい。やわらかなホワイトとベージュで彩られたレンガ造りの家はメルヘンチックなこと極まりない。海外ではよく目にしそうな可愛らしい家だ。
 家を囲むように背丈より少し高い木々が植えてあり、門前には多数の植木鉢。パンジーやハーブ類が沢山植えてある。

 こんな家に住んでみたい。
 可愛らしい家の姿に、まるで小さな宝物を見つけた気分になりながら風花はネイリーやあかりと共に錦宅にお邪魔する。
 
 自分を出迎えてくれた雪之介の母であり雪女の錦雪江は、訪問客である三人の姿に目尻を下げて会釈すると中に招き入れてくれた。
 中も大層立派だった。磨かれたフローリングや汚れの無い真っ白な壁紙。一室を通り過ぎる際見てしまったのだが、半開きにされたその部屋は氷で覆われていた。雪の妖怪雪である之介や雪江のために存在する部屋のようだ。

 過ぎるあらゆるところ家内の光景の目を向けながら、三人は案内されるがままリビングに足を踏み込む。


「お待ちしておりました」


 椅子に腰掛けていた雪之介の父であり天狗の錦辰之助が頭を下げてくる。
 隣に腰掛けていた雪之介もそこにはいた。微笑を浮かべながら三人に向かって軽く手を振るのだった。
 

 こうして三人は一家に歓迎されながらふかふかの上等なソファーに腰掛けた。
 座り心地の良いソファーについて来たあかりは思わず「気持ち良い」とご満悦。雪之介もそのソファーはお気に入りなのだと綻んだ。

 しかし風花とネイリーはソファーのことなど念頭にも置けなかった。座るや否や出されたアイスティーを手に取り、口元に運びながら早速の話を切り出す。
 二人にとって待ち望んだ聖界への行く手段を、この夫妻が見つけてくれたのである。二ヶ月という短いようで果てしなく長い時間を過ごしていた二人にとって喉から手が出るほど夫妻の見つけてくれた情報が欲しい。

 早く話してくれるよう催促する風花に夫妻は落ち着いて下さいとばかりに微苦笑を零す。
 順を追って説明していくと辰之助はずれ落ちてきた眼鏡をクイッと上げ、ゆっくりと口を開いた。


「まず情報を提供してくれたのは以前、我々に依頼を申し込んできた方でした。その方は人間界にお住まいながら一度だけ聖界へ行ったことがあるというぬらりひょん、妖怪でした」
 




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あきゅろす。
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