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01-14


  
 街正門に足を運ぶと柚蘭は既に待っていた。
 螺月と朔月の姿を見つけ、柔らかな笑顔と共に手を振ってきてくれる。病院に寄ったついでに買い物もして来たのか、片手には紙袋が。
 二人は早足で柚蘭に歩み寄ると、螺月は紙袋を受け取りながら朔月が家に来ることを告げた。

 資料作成の件を話すと柚蘭は笑声を漏らした。

「あれは螺月も私に助けてって泣きついてきたものね」

 と、余計な事を言われてしまい螺月は顔を顰め、朔月は笑いを殺した。
 

 街から出ると長閑な風景が目に飛び込んできた。

 草木たちが夕陽色に照らされ、微風を受けてさわさわと体を嬉しそうに揺らしている。
 柵の向こうにいる家畜やこじんまりとした酪農家が慌しい日常を忘れさせてくれるようだ。とても穏やかな空気が取り巻いている。

 でこぼこした土道を踏み締め、朔月は率直な感想を述べる。

「ここは静かでいいな」
「でしょ」

 柚蘭はわりと気に入っているのだと綻んだ。

「ここは民家も少ないから周囲の目も気にしなくていいの。緑豊かだからピクニックには持って来いの場所ね」

「柚蘭の奴。今度三人でピクニックしようって計画を立ててやがるんだ」

「へえ、楽しそうな計画じゃないか。俺もこっそり入れてもらおうかな」

「バーカ。てめぇは婚約者とでも行っちまえ」
 
 口角をつり上げる螺月に冷やかされ、朔月はうっと言葉を詰まらせて薄っすら耳を赤く染めた。

「あら、朔月婚約してるの?」

 柚蘭が驚いたとばかりに声を上げた。朔月はしどろもどろになりながら何度も頷く。

「と、虎夜 石英(とらや せきえい)さんという人と。女神の称号を持っているので多分、同称号を持っている柚蘭さんも知ってると思うんだけどな」

「勿論知っているわ。彼女はとても清楚な女性よね。そうなの。素敵ね」
 
「ほんと素敵な方で。俺も早く称号を得たいと思っているんだけど、なかなか出世しないというか…。でも彼女はまったく気にしない人で。だからこそ頑張ろうなんて。あははっ」

 てれてれに照れてノロケを口にする朔月は顔を赤く染めながら、話題をささっと変えてしまう。

「二人の家はあそこか?」

 丘のふもとに見える緑に囲まれた一軒家。あれが三兄姉の仮住まいだという。

 想像以上に大きな一軒家だ。仮住まいだとはいえ、朔月から見れば大層立派な住まい。
 我が家と同じくらい、いやそれ以上なのではないのだろうか。レンガ造りの一軒家に思わず声音を上げてしまう。
 
 「俺が住みたいくらいだ」と呟けば、「監視しやすい造りになってんだ」と螺月が微苦笑を零した。

 立派な分、監視の目が届きやすいよう造りかえられている。
 魔法は一切使えないよう魔力封の魔法陣がいたるところに召喚されているし、監視役を任せられている聖保安部隊はいつもいつでも家の中に入ることが可能だ。

 しかも監視役は魔法が使えるのだから監視されている側としては居心地が悪いことこの上ない。説明に朔月はそれは嫌だなと眉根を潜めた。
  
「でも慣れれば大したこと無いのよ」

「そう言える柚蘭さんを尊敬するよ。ほんと……ん? 何だか騒がしくないか」
 
 玄関前に立った朔月は扉の向こうから物音が聞こえないかと二人に尋ねる。

「家には菜月しかいない筈なのだが」

 もしくは聖保安部隊が様子を見に足を運んでいるか。
 しかし確かに木扉の向こうから何やら怒声らしき声やら物音やら。まさか菜月が暴れているのではないのだろうか。

 普通に有り得そうだと柚蘭は慌てて取っ手を握り、扉を引いた。

「あんたが俺の何を知ってるんだ! 母親に捨てられた俺のっ、化け物として生まれてきてしまった俺の何を知ってるって言うんだ! 何も知らないくせにッ……何も知らないくせに知ったような口振りでほざくな! 差別されたことも無いくせに!」
 
「お前のような者のことなど、誰も知ろうとも思わないな」
 
「ッハ、それがおエライ聖保安部隊のお言葉ですか? だったら名だけだよ! 聖保安部隊なんて!」 
 
 開いた瞬間、激しい口論が聞こえた。
 ドンッという音と共に何かが落ちた音、それから悲鳴らしき悲鳴。ただ事ではない。

 訪問者の朔月でも尋常ではないと状況が呑める。

「も、もしかして菜月の身に何か遭ったんじゃ」
「くそっ」

 血相を変え、柚蘭と螺月はリビングキッチンの方へと駆けた。朔月も後を追い駆ける。
 
「あんたは……俺の触れられたくない過去を……侮辱した。だから俺はあんたの、誇っている物を穢(けが)しただけ。お互い様だ」

「ッ、異例子」

「聖保安部隊は、そうやって気に食わない相手に対しては口で返すこともせずッ、暴力で相手を黙らせる集団なんだろ! 風花やネイリーさんの時だってそうだッ。あの二人にあんな怪我を負わせて、聖保安部隊の掲げる正義なんて口先ばかりの暴力にしか過ぎないんだ!」

 聞こえてくる口論の内容に胸の内に警鐘が鳴る。
 
 急げ、急げ、急かしてくる警鐘を振り切るようにリビングキッチンに飛び込む。
 そして肝が冷えた。目に映ったのはソードを構えている聖保安部隊と床に倒れている末弟。

 荒れたリビングキッチンの光景に何が起きたのだと驚愕するばかり。

 聖保安部隊が斬撃を飛ばす。

「ざけんな!」

 逸早く我に返った螺月は急いで転がっている椅子を引っ掴むと末弟の前に立ち、それで斬撃を受け、軌道を変えたのだった。
  



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あきゅろす。
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