07-14
「フウム。簡単には発てないようだな」
面白い。ネイリーはニッと一つ笑みを浮かべハンドルを握りなおすと、風花にしっかりとシートベルトを締めておくよう忠告する。でなければ頭等をぶつけて怪我を負うかもしれない。旅立つ前に怪我をしては大変だ。
意気揚々と言う吸血鬼に風花は引き攣り笑い。何か嫌な予感がするんだけど。
「フロイライン。下手すれば聖界、人間界、両方の警察に世話になりそうだが気合で乗り切ろう。しっかり捕まっておくのだぞ!」
「ちょッ、なあぁあああああ?!」
前の車を追い越し、荒運転を始める吸血鬼のハンドル捌きは今にも事故を起こしてしまいそうだ。
左折してきた車とぶつかりそうになりながらも、ネイリーはそれを紙一重で避けてアクセルを踏み込む。更にはハンドルを回して反対車線に乗り込むのだから、風花は目が回りそうだった。これならば大人しく聖保安部隊を伸した方がマシである。命があったって足りゃしない。
「マジ死にそう!」悲鳴を上げる風花に、ネイリーはフッと片手で前髪を弄くりながらいつもの笑顔を見せる。
「ネイリー・クリユンフという男に不可能はないのさ。僕が逃げ切れると言ったら逃げ切れる。これこそ愛の逃避行! 愛の高飛び!」
「ばッ…阿呆なことばっか言ってないで、しっかりハンドル握れって! てか降ろせぇええ!」
喚き嘆く風花に笑いながら、ネイリーは密かに奥歯を噛み締めた。前方を見据えハンドルを切る。
一番の友であるジェラール・アニエスが死んだ。
もしそれが本当ならば情報が手に入らなかったことも辻褄が合う。裏情報屋は腕が良い。
バックに四天守護家があったとしても異例子の情報を糸も容易く手に入れてくれる彼等が、セントエルフひとりの情報を何一つ手に入れられないなど不可解なのだ。ジェラールが死亡したのならば、生存情報が手に入らなくて当然。
しかし、では何故それならそうと情報が入ってこないのだろうか。
果たしてジェラールは本当に死んでしまったのだろうか。分からない、何も分からない。これは聖界に行って直接確かめるしか術がない。
(ずっと僕の胸の内で感じていたのは…これだったというのかッ)
ジェラール、君は本当に死んでしまったのかい?
残念ながら僕は人に言われて素直に信じるほど出来た奴じゃないんだ。真偽を確かめるまでは生に賭けるよ。前向きに考える。君は生きている。そう強く信じている―…。
*
錦宅に残ったあかりは大きく肩を落としてソファーに腰掛けていた。
まさか今晩出発してしまうだなんて。いつかは出発してしまうと分かっていたが心構えもなく、今晩発ってしまうだなんて。
二人の前では気丈に振舞っていたが心寂しくて仕方が無い。いつの間にか居場所になっていた彼等がいなくなってしまうのだ。寂しくないわけが無い。
始まりは“何でも屋”に迷い込んだことからだった。
成り行きで依頼をする羽目になり、多額の借金を負う羽目になり、必然と店に足を運ばなくてはならなくなり。
だけど出逢いが自分の視野を広げた。この世界に生きるのは人間だけではないと教えられた。異種族であるがための差別を知った。種族の壁を知った。家族や友達の大切さを知った。繋がりの深さを知った。
繋がりを得た人々は自分の大切な人に、居場所になっていた。これから先も楽しい日常が繰り返されると思っていた。
しかし沢山のことを教えてくれた“何でも屋”店員や常連が一人また一人と消えていく。
最初は少年とエルフが、次に悪魔と吸血鬼が、皆に出逢う前の生活に戻るだけだというのにそれが寂しくて仕方が無い。出来ることならば自分も連れて行って欲しいと駄々捏ねたい。無論、今の生活を捨てるわけになるのだから叶わぬ願いではあるけれど。
じゃあ残される自分に何ができるのか。
「はぁーあ」重々しく溜息をつくあかりを見ていた雪之介は微苦笑を零すと、彼女の隣にそっと腰掛けた。ギシリ、座り心地の良いソファーが小さく声を上げる。
雪童子はズレ落ちてくる眼鏡を掛け直し、ゆっくりと口を開いた。
「僕等さ、“何でも屋”に出逢えてなかったらどうなっていたんだろうね」
「ユッキ?」
「最近よく考えるようになったんだ。本条さんが“何でも屋”と繋がらなかったら僕はいなかったかもしれない」
きっとあの店に、先輩達に出逢えてなかったら、僕は妖怪の自分を今も呪っていた。本条さん達と本当の意味で友達になれてなかった。雪消病に成す術も無くて死んでいたかもしれない。
今考えるとゾッとするよ。自分が死んでしまうなんて。
本条さん、どう思う? “何でも屋”に出逢えてなかったら、今の自分はどうなっていたと思う?
僕はあの店に出逢えたことで沢山のことを得た。友達に繋がり、命の尊さに、種族の大切さ、色んなことを学んだよ。あの店は僕にとって大切なことを沢山教えてくれた。
だからだろうね。
いつも挨拶を交わしていた人達がいなくなった時は泣きたいくらい悲しかったし、店が無限休業した時は息が詰まるくらい寂しく思った。そして今晩、先輩達が旅立つ。それは胸にポッカリと穴があくような気分だ。
本当は連れてって欲しいと思うけど、僕の力なんて高が知れている。足手纏いも足手纏い、先輩達に負担を掛けるだけだ。
じゃあ僕はどうすればいいんだろ。沢山の出逢いと大切なことを教えてくれた人達に何が出来るんだろう。考えて考えて…、僕は一つの結論に辿り着いた。
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