06-20
「似てるんですよ。風花さんと菜月くんの世界観。風花さんは菜月くんが世界の中心だった。同じように菜月くんはおじいさんが世界の中心だった。似ていると思いません?」
私がお二人の世界観が似ていると思ったように、きっと菜月くん自身も似ていると思った筈です。
菜月くんは知っていたんです。自分の世界が狭かったからおじいさんを亡くしたその後の辛さを。風花さんが来るまで菜月くんは一人でお店に暮らしていたんでしょう? おじいさんばかり囚われていたから、おじいさんを亡くした後、菜月くんは本当の意味で独りになってしまった。
ご家族は彼自身が拒絶していましたから、菜月くんには頼れる支えがいなかった。きっと辛かったと思いますよ。
だからこそ菜月くんは同じような世界観を持つ風花さんの世界を広げようとしていたんだと思います。
菜月くん、聖界や四天守護家のことがあるから、いつかは風花さんと離れてしまうことは予想していたんでしょうね。彼は私に言いました。風花さんをもっと広い世界に連れて行って欲しいと。それは自分じゃできないことだと。
「風花さん、本当に菜月くんに愛されてますね。羨ましいくらいですよ」
「あいつがそんなことをあかりに…、ンと、普段は恥ずかしがってあたしに好きの一つも言わないくせにねぇ」
微苦笑を零す銀の悪魔は軽く目を伏せる。
そっと瞼を持ち上げ、風花は言う。「あいつと離れて分かってみたことあったんだ」と。
「菜月以外の繋がりの大切さ。どんだけ大切か分かったんだよ。だからって菜月とずっと離れ離れってのもヤだけどさ」
照れ笑いする銀の悪魔の台詞には、遠回し遠回し自分を指す言葉と礼が含まれている。
それに気付いたあかりだが、そこは悪魔の気持ちを酌み「早く聖界の行き方が見つかれば良いですね」と言葉を掛ける。彼女を大きく変えた大切な人の元に早く行けることをあかりは願っている。
しかし、心なしか心中は曇ってしまった。
そう、風花達が聖界に行くということは自分達の前から彼女達が消えてしまうということ。彼女達が聖界に行ってしまったら具体的にいつ頃彼女達が戻って来るのか分からなくなってしまう。それが寂しいし、恐い。
もしかしたら聖界から戻って来れなくなるかもしれないのだ。聖界で命を落とすかもしれない。想像するだけで畏怖の念を抱く。だから思わず言うのだ。「向こうに行っても、ちゃんと帰って来て下さいよ」
「そのまま帰って来なかったら、私、風花さんと絶交しますからね」
子供っぽいことを言っている自覚はある。けれど言わずにはいられない。
あかりの不安を察した風花は目尻を下げ微笑する。「小娘にそう言われちゃおしまいじゃないか」おどけ口調で上体を起こし、ベッドに横たわっている少女の額を小突く。
そして言ってやる。
ちゃんと帰って来る。聖界に行ってしまった友人と恋人を連れて、大好きなこの世界にちゃんと戻って来る。無限休業した店のこともあるし、大切なメイッサ達が此処にはいるのだ。帰って来ない理由なんて無い。
「それにあかり、ネイリーが帰って来ないのヤだろ?」
「ふぇ?! な、ななななななんでそこでネイリーさんが出てくるんですか! そ、そりゃ嫌ですよ? 風花さんと一緒に帰って来て欲しいですけど! っ、て、なんですか! その意味あり気な笑いは!」
「べっつに」風花は意地の悪い顔を作り、ジェラールを敵に回すかもねと冗談交じりに言う。
自分にそんな気持ちはないと大反論するあかりだが、「だって今日の昼、顔を赤くしていたではないか」指摘してやれば、少女の顔面が急激に赤く染まる。「違います!」上体を起こし、あかりは枕を手に掴んでボフッ、ボフッ、と風花の頭をぶった。
「私はもっとカッコイイ人が良いんです! 何が悲しくてナルシスト吸血鬼なんか!」
「分かった分かった。落ち着けって。はいはい、あんたは面食いだからネイリーにそういう気持ちはないです。これでOK?」
ぶーっと脹れているあかりを宥め、風花はちゃんと帰って来るからと約束を交わす。
こんなにも大切なものが人間界にできたのだ。帰って来ないわけないではないか。それに絶交されては堪らない。
悪女らしく笑いながら少女に茶々を入れていると、ピピピッ―、突然少女の携帯が鳴った。二人は度肝を抜く。電話のようだ。忙しくライトが光り着信音が部屋を満たす。こんな時間に誰だろう…、あかりはベッドから下り、机上に置いている充電中の携帯を手に取った。
出てみると相手はたった今まで話題の中心だった吸血鬼。
心なしかあかりは羞恥を噛み締め、電話相手が分かった風花はニヤッと口角をつり上げた。そんな悪魔にガンを飛ばし、「どうしたんですか?」と用件を尋ねる。夜分遅くに済まないとネイリーは詫びをし、興奮気味にあかりに告げた。
『先程、辰之助から電話を頂いてな。聖界の行き方が分かったのだよ!』
「え? 聖界の行き方が分かッ、あ、風花さん!」
あかりの手から携帯を奪い取り、「ほんと?!」風花は嬉々を抑えながら吸血鬼に尋ねた。
肯定の返事を返す吸血鬼は明日の朝、錦夫妻と会う約束をしていると説明し、朝10時にそっちに迎えに行くと悪魔に伝えた。うんうんと風花は頷き、電話を切るとやや涙ぐみながら少女の方を振り向き、ニッと笑って見せた。
「あかり、あたし行ける。聖界に行けるよ。長かった、この二ヶ月、本当に…長かった!」
語尾の方は声音が震えていた。
それでも銀色の悪魔は、ついに行く手段を見出せたと終始笑顔を作っていた。
聖界ではとんでもないことが起きようとしていることに、その時、悪魔も少女も連絡を入れてきた吸血鬼も、まだ知る由もなかった。
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