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01-06



 この二週間、聖保安部隊が兄姉の留守中にちょくちょく様子を見に来るのだが、その度に暴力まがいなことを振舞われている。

 まあ言うほど大袈裟なものでもないし、十中八九、自分が小生意気な口を利いて怒りを煽ってしまっているせいなのだが。

 それにしたって口で返さないのは卑怯だと思う。
 口で攻撃したのだから、口で反撃してほしいものだ。こっちは口出しできようとも手出しは出来ない身の上なのだから。

 おかげで腕や腹に青痣ができてしまっているではないか。
 
 兄姉のいないところで暴力を振るう小賢しい真似など、誇り高き聖保安部隊が果たしてすることなのだろうか。疑問視して仕方が無い。

 幸いと言うべきことは、隊長と副隊長に暴力を振るわれていないということだろう。
 あの二人に暴力を振るわれでもしたら此方としてはひとたまりもない。振るわれたその日に入院でもしてしまいそうだ。
 
『なにより目が優しいっちゅーの。避けてばっかりじゃ何も分からないって、恐がり菜月』

 ニッと笑顔を作るカゲっぴに菜月は不意打ちを喰らった気分になった。
 避けてばかりだから分からない。まさにそのとおりなのかもしれない。避けてばかりだから二人の気持ちが見えない。避けてばかりだから理解もできない。
 
(――俺は常に正面から当たってくる兄姉のことを考えたことがあったかな)

 常に突っぱねてばかりだったけれど、避けてばかりだったけれど、正面から当たってくる兄姉のことを考えた事などあっただろうか。

 菜月は手に持っているパンを千切り、口に放り込んでよく噛み締める。
 
 聖保安部隊よりも兄姉の目の方が優しい。
 そういえばそうだ。自分を監視している聖保安部隊に比べたら、兄姉の眼光はとても柔らかい。あの頃に比べたら随分柔らかい。
 

 
 朝食を終えた菜月は三人分の洗い物に取り掛かる。
 それが終わると洗濯物へ。聖界は科学文明が発達していないため、汚れ物はすべて手洗いだった。
 三人分を揉み洗いするのは苦労するが、慣れれば大したこともなく。菜月は洗った衣服等を中庭の物干しロープへと掛けた。

 洗濯が終わると部屋の掃除に掛かる。
 掃除機なんて便利な器具はないため、箒と雑巾と手作りの叩(はた)きでリビングキッチンから各々の部屋まで掃除をしていく。

 これだけの作業でも結構大変なのだが菜月自身、掃除をしていると気が落ち着いていくような気がした。掃除をしていると余計な事を考えなくても良いのだ。無心になれる。

 元々人間界に住んでいた時も家事全般を担当していたため、掃除洗濯自炊は苦ではなかった。
 
 掃除が終わると昼食を取って一息。棚に置いてあるパンと鍋に入っているスープを温めて一緒に食した。

 午前中は掃除や洗濯で時間が潰れてくれるから楽だった。カゲっぴと共に昼食を取り、聖保安部隊のことを気にしながらも小鬼と他愛もない会話を飛び交わせた。

 
 午後からはもっぱら中庭に植えているハーブ薬草の世話に取り掛かる。

 成長しているハーブ薬草に可愛いと綻び、愛情を注ぎながら一生懸命世話をする。それが二週間毎日のように続いていた。
 おかげでハーブ薬草も艶を帯びながら立派に成長している。菜月はそれが嬉しくて仕方が無かった。

 カゲっぴも影から手伝いをしてくれるため、午後の時間も幾分充実はしていた。

 聖界の生活に気鬱はあるものの、こうやって自分が満足するような時間を見つけるのは楽しい。

 人間界にいた頃に比べれば、満足の度合いはまったく違うもののマシではあった。
 
 一通りハーブ薬草の世話も終わり、菜月は家に入って時刻を確認する。刻は午後四時を回ったところだった。
 
 今日は早めに仕事を終えてしまった。
 普段だったら五時まで掛かるのだが、一時間も前に終わってしまった。

 菜月はこれからどうしようと考える。
 読書をしても良いが、家にある本は少量でとっくに読み尽くしてしまった。再びページを開く気分にはなれない。

 聖界にテレビという娯楽器具があれば暇潰しにもなるのだが、そういった娯楽器具もないし。だからって昼寝をする気分でもない。
 
 好い天気だし外出してみたいという気持ちも若干はあるのだが、なにぶん自分は監視されている。勝手に外に出ることは許されないだろう。
 また悪い意味で自分は有名人だ。そう簡単に外を歩くわけにもいかない。

 考えてみれば自分は聖界に来てから、ろくに外を歩いていない。引き篭もりだといわれてもおかしくない生活を送っている。少しは外の空気を吸いたいのだが。
 
 
「顔くらいなら隠せるんだけどな」
 
 
 ローブの上にフード付きのローブを羽織れば、下手を起こさない限り、自分が異例子だということは分からないだろう。

 聖界は魔力を持つ人々で溢れている。一々魔力を感じ取ったりすることもしないだろうから、自分から魔力が放出されていなくてもばれはしないだろう。

 けれど外出するとなれば聖保安部隊に報告しなければならない。おのれの影の中には小鬼もいる。
 万が一、外に出られたとしてもカゲっぴの存在が周囲にばれないとも限らない。
 



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あきゅろす。
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