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身近なメイッサを糧に、そして力に変える。


 
 * *
 
 
 土曜日―。
 
 早朝のトレーニングを終えた風花は気鬱だった。ドレッサーの前で髪を整えながら重々しく溜息。何度も何度も溜息。今吐いた溜息はいくつ目だろう。とにかく気鬱で仕方が無かった。

 今日はあかりの家に泊まりに行くのだが、何となく気が重かった。
 あかりが嫌いというわけでも、誘いが嫌というわけでもない。ただ一日という時間を遊びで潰しても良いのだろうかと考えてしまうのだ。
 たった一日、されど一日。24時間を遊びで消費してしまうなんて。それで手腕が衰えるわけではないけれど、何かしてないと気が落ち着かない。紛らわすために早朝から体を動かしてはみたが、軽く小一時間程度のトレーニング。心が満足するわけでもなく。
 
 向こうの気遣いは分かる、十二分に分かっているが、心の底から今日という一日を楽しめるだろうか。

 寧ろ一日を楽しめず、余計に気遣わせてしまうような気がするのだが。
  
 「ドタキャンは怒るだろうしな」呻いていると、トントンとノック音。
 扉側に向かって返事をするとスケルちゃんが中に入って来た。歯を鳴らしながら風花に歩み寄って来る彼女の手にはスポーツバッグ。自分のためにわざわざ仕度をしてくれたようだ。
 
 ありがとうとバッグを受け取れば、肩に乗っているカゲぽんが自分も手伝いをしたと大大だい主張。
 だから礼を言え! 鼻息を荒くしながらスプーンを振り回す青鬼に「はいはい」と受け流し、適当に礼を口にする。心が篭ってないとぶう垂れるカゲぽんはお泊りなんて羨ましいと指を銜える。


『カゲぽんもしたいじぇ。カゲっぴがいればなぁー』
 

 うっかり菜月の影に入ってしまったために聖界に行ってしまった相方を想うカゲぽんは寂しそうな顔を作るものの、きっと大丈夫だろうと笑顔を取り戻す。寂しいけれどカゲっぴは弱くない。向こうできっと元気に暮らしている。言い切れる。だってカゲっぴは自分の大事な相棒なのだから!
 聖界の行き方が分かったら、カゲっぴを一番に迎えに行くのだと元気よく腕をあげる小鬼に風花は微笑する。それは自分も同じだ。大好きな人を一番に迎えに行く。会いに行くと心に決めている。そのために強くならなければいけない。

 嗚呼、やっぱり遊ぶなんてことしてられないのでは…。
 
 と、スケルちゃんがカクカクカクと歯を鳴らして風花にニカっと笑顔を向けた(ような気がした。何故ならばスケルちゃんには笑うための肉も皮もない)。


 キョトンとする風花にスケルちゃんは歯を鳴らしてニカっ、ニカっ、と助言。


 彼女は風花にこう伝えていた。


 本当に聖界に行って好きな人を会いに、迎えに行くのならば、今日という一日を楽しまなければいけない。
 
 それは何故だと思う?
 
 理由は一つしかない。貴方が貴方らしく光り輝いていなければいけないから。人間界から聖界に旅立つ時も、苦しい旅路の時も、危険と隣り合わせになるであろう聖界への侵入時も、好きな人に会いに行く時も、迎えに行く時も、どんな時でも貴方は貴方らしく輝いていなければいけない。
 貴方がやつれていてはきっと、再会する向こうの喜びは悲しみに変わってしまうだろう。

 強くなるだけがすべてではない。力がすべてなんて誰が言った戯言。
 仮に力で解決できる世界ならば、もっと物事はスムーズに解決できる。けれど一件はそうではない。力だけでは、強さだけでは、絶対に解決できない。
 
 貴方が貴方らしく聖界(向こう)に行くために、貴方は充電をしなければいけない。そう休息という充電を。休息は向こうに行った時に必ず糧になる。無駄なことなんて一つもないのだ。
 
 スケルちゃんはカクカクカク、と歯を鳴らすだけだが、風花には十二分に彼女の気持ちが伝わっていた。

 スポーツバッグに目を落とし暫し思案をしていたが、「そうだねぇ」笑顔を零して同調。
 肩にスポーツバッグを掛け、椅子から腰を浮かすと今日という一日を楽しむと気持ちを切り替える。無駄なんて一つもない、スケルちゃんの気持ちが骨身に沁みた。

 誰かに言われたかったのかもしれない。今日という一日は無駄にならない、と。
 これから過ごす時間は何一つ無駄ではない、スケルちゃんの真摯な気持ちが風花の心を軽くした。




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あきゅろす。
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