[通常モード] [URL送信]
天使の近況



  

【天使の近況報告】
 

 
 聖界全土を揺るがす大事件、北区で起きた“北大聖堂事件”から六夜明けた。

 
 
 反聖界派が起こした大事件は俺達、四天守護家の仕事量を大きく増やした。
 俺のような下っ端は勿論、称号を得ている俺の姉・柚蘭、幹部層まで忙しなく動いている。上にいけばいくほど働く量も多いんじゃないかと思う。現場を目の当たりしているんだ。きっとそうに違いない。

 夜分遅くまで仕事をこなすことも多くなった。
 おかげで母上の見舞いにもろくに行ってやれねぇ。柚蘭が忙しい合間を縫って顔を出しているみてぇだけど、俺はまったく会えてねぇ。母上には申し訳なく思う。
 
 けど、今の俺は仕事と長の菊代さまとの面会で頭が一杯いっぱいだ。
 正しくは後者のことで頭が一杯だ。柚蘭みてぇに器用じゃねえから両立ってのができねぇんだ。今の俺は菊代さまにどうやったら会えるか、そのことで頭がパンクしそうだ。
 
 一件の事件で四天守護家の竜夜は反聖界派の討伐の決意を声明している。
 同時聖界に相応しくない者、いずれ反聖界派に肩入れしそうな者の拘束、アウトロー・プリズン(地下牢)への禁固、“聖の罰”の執行を具体的に述べている。


 この声明こそが俺の頭を悩ませている。
 

 何故か? 俺の弟がその対象者だからだ。弟は魔界人と繋がりを持った。当然、声明されている“聖界に相応しくない者”だ。
 自由拘束で一旦は罪が赦されたとはいえ、それは鬼夜内部、しかも一部が赦したことであって、公の場で公表されたら弟は言い逃れの出来ない咎人だ。アウトロー・プリズン(地下牢)への禁固なんて生ぬるい。きっと聖界の正義の名の下に“聖の罰”を受ける身になるだろう。
 

 それを除外しても弟は聖界の汚点と呼ばれる悪評高い“異例子”。

 
 聖界に相応しくない者としてアウトロー・プリズンにぶち込まれる可能性は十二分にある。
 好きで人間に生まれたわけじゃねえのに、総ては父(あいつ)の研究とやらで人間になっちまった被害者だってのに、聖界には相応しくない不浄物としてレッテルを貼られる。考えれば考えるほど我慢ならなかった。


 けど菊代さまも御多忙なんだろう。

 西区と中央区を行き交いしているみてぇで面会の機会が一向に掴めない。 

 
 族内でもこの話題が持ち切りで、時折弟の話題があがる。
 なるべくは反応しないようにはしているけど、「聖界に戻って来た異例子も…」なんて会話が耳に飛び込んでくると胸が締め付けられそうになる。居た堪れなくなって手洗いに行く口実を作ってはその場から逃げることも多々ある。無二の親友の朔月から心配されちまうことも度々…、だ。
 

 正直恐くて仕方がねぇんだ。


 竜夜の声明で四天守護家全体が動き出たら…、大切の家族が明日にも消えるかもしれねぇ。弟が消えるかもしれねぇ。
 考えるだけで呼吸も忘れそうだ。

 やっと生活にも俺達の関係にも安定が出てきたのに。弟が「今の俺達は好き」そう言ってくれたってのに。
 
 弟の菜月はこの事件をどう胸に受け止めているのか、俺には分からねぇ。
 六夜明けても菜月は変わりなく生活を続けている。出勤している間の菜月の様子は分からねぇけど、俺等と時間を過ごしている菜月は普段と変わりない態度だ。忙しいからあんま傍にいられねぇけど菜月は変わりなく家事をこなしたり、小鬼の相手をしたり、俺達と会話を交わしたり。

 もしかしたら俺達に心配させまいと今までどおりに振舞っているのかもしんねぇ。
 一件の事件と竜夜の声明については、一切意見を出さないし不安も気持ちも出さない。聖保安部隊の監視の目が強くなっても、今まで以上に拘束されても、あいつは愚痴の一つも零さない。
 
 それはあいつの強さなのかもしれねぇ。
 俺には到底真似できねぇことをしてみせてる。俺だったら明日という恐怖に押し潰されそうだってのに。あいつは普段と変わりなく毎日を過ごしている。生まれながらの自分の宿命を分かってるのかもしんねぇ。来るべき“その時”を覚悟して受け入れてるのかもしんねぇ。だからいつもどおりに振舞えるのかもしんねぇ。
 

 そうだとしたら俺は無性に泣きたくなる。

 
 異例子は最初から幸せになったらいけねぇみてぇじゃねえか。
 
 幸せになれねぇ辛苦ばっかりの人生なんてまんま地獄じゃねえか。あいつは何のために生まれたんだよ。
 
 愛されたかった母上に捨てられ、家族の俺等に軽蔑され、悪魔と付き合うけど(俺は認めねぇけど)恋人と辛い別れを経験して、自由の無い監視付きの生活が始まって。あいつに研究動物呼ばわりされて。
 
 辛いことバッカじゃねえか。あいつの二十年は幸より苦の方が断然多いじゃねえか。
 俺だって弟や姉、母上と一緒に幸せになりてぇよ。ようやく俺等、幸せを掴み始めたってのに。菜月にはまだまだ家族だって認められてねぇけど、なんで俺等バッカこんな辛い目に…、そう手前の人生を呪いたくもなる。
 
 けどこんなこと口にしたら、愚痴を零さない弟にわりぃから。俺もカッコわりぃから。


 そうだろ? 兄貴の俺が弟の前で愚痴るなんて、弱音なんて、カッコわりぃじゃねぇか。





[*前へ][次へ#]

21/31ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!