01-05
渋い顔を作っていると半分ほど影から体を出したカゲっぴが声を掛けてきた。
菜月は喋りやすいようにテーブルの下に置いていた足を外に出す。影もそれにつられて動いた。菜月を見上げているカゲっぴは果実に齧りつきながら口を開く。
『なんで恐がり菜月、兄ちゃん姉ちゃんと仲良くしないの? 二人とも優しいっちゅーの』
素朴な疑問に菜月は失笑した。
確かに今の兄姉は自分に優しい。
異例子という犯罪者との同居を自ら希望。一々自分の身の上を心配し、気を配り、自分の気持ちをよく酌んでくれる。
必要最低限以上のことは口出しもしない。
それは自分の気持ちを大事に考えてくれているから。
しかし、だからこそ菜月には兄姉の気持ちが分からなかった。彼等の向けてくれる優しさが脅威にさえ思えてしまう。
昔の彼等を知っているからこそ、向けられていた冷ややかな眼の面影が脳裏にちらつくのだ。
何を目論んでいるのだ、と強い猜疑心を抱いてしまう。
第三者のカゲっぴから見れば、どうして冷たい態度を取るのか意味が分からないかもしれないけれど。
「仲が悪くてね」
曖昧に返すが、カゲっぴは首を捻るばかり。
一方的に菜月が突き放しているだけではないかと指摘してくる。
その冷たい態度が兄姉を傷付けているとまで言われ、菜月はぐうの音も出ない。仰るとおりだ。
『可哀想だっちゅーの。お前の兄姉。もーっちょっと仲良くしてあげればいいのにィ』
「うーん、難しいことを言うんだね。カゲっぴ」
『だって恐がり菜月、すっごく兄姉避けてるし。ちっとも挨拶もしないし。無愛想だし! あんなに優しくしてくれる兄ちゃん、姉ちゃん、カゲっぴも欲しいくらいだっちゅーの! 何がヤなんだっちゅーの? このぜーたくもの! おたんこなすー!』
ぺしりぺしりとスプーンで脛を突っつかれてしまう。
弱ったなと菜月は頭部を掻いた。
兄姉が憎いことには変わらないし、優しくされようとも嫌いな気持ちも変わることはない。
だって彼等は過去に自分を蔑視していた。愛情をもらえない自分を嘲笑い、見下し、母親の愛情をいっぱいに浴びていたのだから。
思い出すだけで憎い。どうしようもなく憎い。心赦せという方が無理な話だ。
「あいつ等がよく分からないし」
積極的に弟扱いする兄姉の気持ちが一切分からない。
眉根を寄せる菜月にカゲっぴはうん―? と首を捻り、『背中向けてるから分かんないんじゃないの?』と意見する。
『恐がり菜月みたいに相手に背中を向けてたら、そりゃ気持ちも分かんないと思うっちゅーの。恐がり菜月は兄ちゃん姉ちゃんと喧嘩でもしたの? だからあんなに避けてるの?』
「喧嘩とは違うけど、まあ、そんな感じかもしれない」
『喧嘩したから嫌いなの?』
「まあ、そうなるかなぁ」
『でも兄ちゃん姉ちゃん、お前の知らないところでごめんなさいって気持ちいっぱい言ってるっちゅーの。カゲっぴ、それ、知ってるんだっちゅーの。お前が熱出して倒れてる時、兄ちゃん姉ちゃんがヒソヒソ話してたの知ってるし。お前になんかヒドイことしたのかもしんないけど、ごめんなさいいっぱい言ってるんだっちゅーの。それでも許してあげないの? お前、それ、心が狭いって言うんだっちゅーの』
男としての器がデキていないというか。器が小さいというか。まだまだお子ちゃま思考だというか。捻くれだというか。
やれやれと小鬼に溜息をつかれ、菜月はたらっと冷汗を流しながら誤魔化し笑いを浮かべた。
子供ながらに意外とシビアなことを言ってくれるものだ、カゲっぴ。結構胸にグサグサとくるものがあるのだが。
『ごめんなさいって素直に謝る奴に悪い奴はいない。カゲっぴ、それを知ってるんだっちゅーの。
だから、せいほあんぶ? って天使より、ずっとあいつ等の方が好きだっちゅーの。せいほあんぶ、あいつ等はお前を苛めてるっちゅーの! なんでお前、あいつ等に叩かれてるの?』
それは多分、自分が生意気な口を利いているからだと思う。菜月は苦笑いを零した。
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