06-04
* *
「こんにちー…、ああーっと。今日も駄目だったみたいですね」
その日も良い情報が手に入れられなかったようだ。あかりは苦笑い。
家の用事や友達との約束など私事で来られない手毬達の分まで足を運んだ、少女あかりの目に飛び込んできた光景はどんよりと空気の悪い間。語らずともそう教えてくれる。今日も良い情報が何も手に入らなかったのだと。
ソファーに腰掛け苦々しく溜息をつくネイリーは遊びに来てくれたあかりに対し、まずは「グーテン・ターク」とドイツ語で挨拶。懐から取り出した真っ赤な薔薇を放り投げる。最近、ドイツ語を学び始めたあかりも「グーテン・ターク」と返し、薔薇をキャッチ。ぐるっと客間を見渡した。
どんよりと曇天模様の客間は散らかっている。
ソファーの周りには沢山の本が積み重なっており、今にも山崩れを起こしそうだ。
曰く、この本たちはすべて聖界に関する書物であり、風花が聖界を深く知るために読んでいたものだという。ネイリーは今まで書斎で仕事をしていたとか。ネイリーはあかりが来てくれたと知り、わざわざ書斎からこちらまで赴いてくれたようだ。
では本を読んでいた風花は―?
疑問は屋敷の振動によって解消された。
下から湧き起こるような細かい震え。カタカタと家具たちが小刻みに震え、時折爆音と同時に飛び跳ねている。
風花は良い情報が得られなかったと分かるや否や地下の部屋でトレーニングを始めたようだ。凄まじい音が屋敷を満たす。
ドンと地響きが鳴る度に、ソファーやテーブル、その上にのっている紅茶のカップやビスケットの山。立っていたあかりやソファーに腰掛けているネイリーも床から数センチ宙に浮く。重力に従って床に足はつくものの、また爆音のような耳をつんざいていてしまう音と同時に数センチ宙に浮く。
「ウム、今日も元気だフロイライン」ズズッとネイリーは紅茶を啜り、宙に浮いているソーサーにカップを置くと、重力に従って落ちるビスケットを手に取る。
「今日も救急箱を用意しておかないと」まるでゴムボールのように跳ねながら(勿論跳ねたくて跳ねているわけではない)、あかりは客間のラックから救急箱を取り出す。風花はきっと生傷だらけで部屋にやって来るだろうから。
「風花さん、無理してないと良いんですけど。わっと!」
ラックの戸を開けたあかりは揺れにバランスを崩しそうになる。
「ウム…、彼女は休み無くトレーニングをしているからな。まあ…今の状況が状況だ。妖怪探偵の辰之助や雪江さんが情報収集に力を貸してくれてはいるが何も掴めていない。ジッとしていられないのだろう。
しかし少しは息抜きをさせなければいけないとは思…ッ、おっと!」
カップを手に取ろうとしたネイリーもまた揺れにバランスを崩しそうになる。
ドンッ、ドドンッ、ドーン!
忙しく鳴り響く地響き。風花の手腕が上がっているせいか、最近威力が増している。
「その内、屋敷が壊れるかもしれんな」能天気に笑うネイリーに呆れながら、あかりは彼の隣に座る。ソファーの上で飛び跳ねながらビスケットを口に放り込み、今日はどれくらいでトレーニングが終わりそうか吸血鬼に意見を求めた。
さあ、こればっかりは分からない。きっと向こうの気が済むまでは終わらないだろう。ネイリーは肩を竦め、飛び跳ねるポットを手に取ってカップに注ぐ。
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