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01-04




「うふふっ、やっと顔を出した。おはよう菜月」
 
 姉に笑顔で挨拶されるも、菜月は視線を返すだけで終わる。
 兄の挨拶を背に受けながらさっさと席に着くと、両手を合わせ、ふかふかのパンをひとつ手に取った。
 ほとんど無視に近い、無愛想な態度を取っても、向こうはまったく動じることはない。

「バターはこっちにあるからね」
「野菜も食えよ」

 前に座る柚蘭が木の器を菜月の前に置き、隣に座る螺月がサラダを手渡してきた。
 菜月はそれらに視線を投げると、努めて表情を崩さず、パンを半分に千切った。バターを塗り、食べるを振り。目を盗んで、足元の影に落とす。

 床に叩きつけられる前にカゲっぴが素早く受け取り、パンは影の中に溶けていった。

(よし、上手く受け取ってくれた)

 少しだけ目じりを和らげると、菜月はフォークを手に取り、自分の食事を進める。

「菜月、昨晩はよく眠れた?」

 水差しを傾け、グラスにそれを注ぎながら柚蘭は話題を振ってくる。
 頑なに言葉を発そうとしない菜月に対して、どこまでも姉は物腰柔らかく微笑みを送った。
 同居生活が一日、二日で終わるのならば意地でも言葉を発しないのだが、二週間経った今、こちらが折れた方が神経をすり減らさずに済む。

 それだけ兄姉は菜月を会話の輪に入れようとするのだ。

「普通だよ」

 会話を終わらせるために、素っ気なく返事するも、向こうは前向きにそれを受け取った。

「眠れているなら良かったわ。少しずつ、この生活に慣れていっているみたいね」
「へえ、そう思っているんだ?」
「ええ。菜月が私達と少しずつ、会話してくれるようになったもの」

 片眉をつり上げて不快感を表す菜月に、柚蘭の笑みは崩れることがない。

「ま、最初の三日間に比べたらマシだわな」

 螺月が会話に入ってくる。
 それが忌々しくて堪らない菜月は、それぞれに鋭い眼光を向け、パンを口に押し込んだ。
 兄姉と食事を取る行為は、二週間経った今もまったく慣れない。遠い遠い記憶では憧れていた光景が、いま目の前で繰り広げられている。それが信じられずにいる。

(あんた達がしつこく話し掛けるせいだろ。くそ)

 ここで反論をしてしまえば、向こうの思うものツボだろう。
 菜月は自分の食事に専念することにした。兄姉が話題を振ってきても、適当に受け流す程度に留める。時折、ローブの裾を引っ張られるため、菜月は兄姉の目を盗んで影にパンやフルーツを落とした。
 
「菜月、今日は私も螺月も夕の刻に帰れそうだから」
 
 柚蘭に帰宅予定の時刻を言われ、菜月は軽く姉を見やる。

「随分早いんだね。昨日は九時頃に帰宅しなかったっけ。仕事暇なの?」

 皮肉を込めて尋ねれば、笑顔が返ってきた。

「ええ。仕事に一区切りついたの。今宵は貴方と沢山話せそうね」
「異例子と話すことなんて何もないだろ」
「弟と話すことはあるのよ」
「弟、ねえ?」

 ひとつ鼻を鳴らす菜月の無愛想な態度にすら、柚蘭は目尻を下げるだけ。
 食べ終わった食器を片付けながら、弟と過ごす時間を作りたいのだと主張した。

「じゃあ、そこにいる奴と外で食事でもしてきたらいいじゃないか」

 それはあんたの弟だろう、と螺月に視線を投げる。
 菜月は一向に構わないと、嫌味ったらしく肩を竦めた。が、返ってきたのは兄の苦笑い。

「相変わらず、クソ生意気な弟サマだよ。朝っぱらから絶好調じゃねえか」
「何が言いたいの?」
「柚蘭には弟がふたりいるが、俺には弟はひとりしかいねぇって話」

 つまり、異例子は柚蘭と螺月の弟であり、無視できない存在だということだ。
 螺月はひらひらと手を振りながら、一足先早く食器をテーブルの端に固める。遅れて、柚蘭も食器を端に固めると、後片付けを菜月に頼んだ。

「菜月。申し訳ないけれど食器の後片付けお願いね。あとお洗濯物も。ハーブ薬草のお世話も忘れちゃ駄目よ」

「言われなくても」
 
 菜月は一切の家事と中庭に植えられているハーブ薬草の世話を任せられている。

 兄姉の考慮だった。
 異例子は有名人で監視されている身の上、容易に仕事探しなどできるわけない。その一方、魔力のない人間なので、天使たちと同じ仕事に就けることも不可能。

 せっかく、聖界に戻って来ても不便を強いられる毎日。
 何もできない生活を強いられるのはあまりに酷だ。
 そのため家事を仕事として菜月に任せてきた。少しでも何かした方が気が紛れる。ハーブ薬草の世話は生活に面白味を持たせるためにした方が良い。兄姉はそのように考えた。

 彼らなりの気遣いと優しさだったのだが、案を出された時、菜月はやりたくないの思いが強かった。

 なにが悲しくて兄姉の分まで家事をしなければならないのか。
 向こうの指示に従うことが、とてもとても癪だった。
 しかし、菜月はすぐに人間界に置いてきた悪魔のことを思い出す、黙って従おうと思い改めた。下手に拒めば、愛しい悪魔の身が危ぶまれるやもしれない。菜月の行動ひとつで、彼女の幸せを奪うなんて、そんなの嫌だった。

 とはいえ、兄姉の言うとおり家事をしていると何かと気が紛れる。
 ハーブ薬草の世話もわりと楽しかったりする。植物を育てることが好きな菜月にとって、ハーブ薬草の世話は気分転換には持ってこいだったのだ。

 口が裂けても兄姉には吐露できないが、仕事を任せられて良かったと思っている。
 
「じゃあ行って来るわね。菜月」
「おとなしく留守番してろよ」

 柚蘭と螺月が交互に菜月の頭をくしゃりと撫でた。
 振り払うことさえ億劫だったため、菜月は嫌々ながらも返事をした。

「早く行けよ。遅刻する」

 鞄を持ってリビングキッチンから出て行く兄姉の背を見送り、扉の開閉音を耳にした直後、菜月は溜息をついた。
 ああやって普通に弟扱いをしてくる。何を考えているのだろうか。自分は彼等の命を狙ったことさえあるというのに。

 まさか本当に家族に戻れるとでも思っているのか。馬鹿馬鹿しい。
 



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あきゅろす。
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