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05-21


  


「あーあ。まさかユベル大神官に会っちまうなんてな。最初から菜月の正体知ってるなら、そういう素振り見せりゃいいのに」

 
  
 ところ変わって休憩所。
 疲れたとぼやく兄に、菜月は螺月の愚痴に近い台詞に嫌な奴なのかと尋ねた。
 
 「そういうわけじゃねえけど、な?」螺月は柚蘭に話題を振る。
 「良い人とは思うんだけれど」柚蘭も言葉を濁す。

 曰くユベル大神官は苦手らしい。
 異例子が生まれたことで何かと向こうが話し掛け、母や家族等々の心配をしてくるようになったが、妙に取っ付きにくい性格の持ち主だという。紳士的な口調で基本、誰に対しても優しいのだがやはり苦手な類に入るのだとか。
 
 中央大聖堂で勤務しているため、滅多なことでは会わないが…、まさかこんなところで会ってしまうとは。
 災難だと螺月は本音をポロリ。余計な気遣いを回さなければいけないことに疲労を覚えるという。「もう螺月」思っても口に出さないの。姉に注意されるが、本当のことだと螺月は苦虫を噛み潰したような表情を作った。
 
 そういえばユベル大神官とは一度だけ喋ったことがあったような気がする。そう確か一度だけ、向こうが自分に話し掛けてくれたような。
 
 「ん?」ふと菜月は視線を感じた。
 
 何か突き刺さるような視線を感じるような、ゾクッと背筋に悪寒が走る。なんなんだ、この悪寒。二の腕を擦って菜月は視線を辿っていく。何処から視線が。刹那、瞠目。賑わう建物内で、喧(かまびす)しい雑踏の中、見つけてしまった。随分と長く距離を取ってはいるが、しっかりと姿を捉えてしまう。
 よれた白衣を身に纏った天使、名は博学の天使。別名、鬼夜灯月。兄に似た風貌を持つ彼は自分と目が合うと、口角をつり上げて冷笑。嗜好品である煙草の先端を噛み締めて自分達をマジマジ観察している。

 「菜月?」どうしたの、柚蘭に声を掛けられ、菜月はぎこちなく視線を向ける。
 博学の天使があそこに、告げる前に何処からともなく指の鳴る音。次の瞬間、商品棚が一斉に倒れ始めた。突然のことに周囲は大絶叫、パニックが起こった。事態に逸早く動いたのは聖保安部隊。郡是が千羽に様子を見て来いと命令。頷く千羽は地を蹴って素早く混乱場に向かった。


(この奇怪な現象、まさか異例子が?)
 

 郡是は菜月に目を向けた。
 しかし、菜月自身も驚いているようで棚が転倒する音に一々身を震わせている。禍々しいオーラらしきものも纏っていない。第一異例子には魔封枷が嵌められている。枷が壊れない限り、魔法は一切使えない筈だ。と、いうことはこの騒動、異例子とは無縁なのだろうか。

 「隊長!」千羽に呼ばれ、郡是は三兄姉に此処にいるよう指示。絶対に動くなと強く言うと、部下の下に駆け出した。
 
 
 
 一方、その場に聖保安部隊がいなくなった菜月はすぐさま状況を報告。
 見る見る表情が険しくなる螺月と柚蘭は菜月を連れて急いで休憩所の隅に移動、「父がいたのね」博学の天使がいたことを再確認する。頷く菜月は自分達を見ていたのだと苦々しく告げ、パニックになっている現場に目をやる。

「向こうに博学の天使がいたんだ。もしかしたら、また研究材料を求めて」

「チッ、あの野郎っ」
 
 舌打ちをする螺月は騒動となっている現場に視線を配る。と、ローブばかり身に纏っている聖界人の中に、だらしなく衣服を着こなした天使が。
 「あいつっ」頭に血がのぼる螺月は思わず飛び出したくなったが、姉と弟を此処に置いて飛び出すわけにもいかず、輩にガンを飛ばすことしかできなかった。博学の天使はこちらに視線を向けてフッと笑みを浮かべる。疚しい笑みに嫌悪感を抱いた直後、ふわっと突風が自分達の前に吹いた。

 目を瞑る三人は次に瞼を持ち上げると、すでにそこには博学の天使の姿は無く、人盛りだけが視界に飛び込んできた。

 今のは一体…、愕然とする三人の下に聖保安部隊が戻ってきたのはそれから数分後。
 「悪質な悪戯でした」千羽はやれやれと肩を竦めて、三人に事情を説明。なんでも傍迷惑な天使二人組が魔法陣をそこらじゅうに仕掛けて発動させた、という珍事件だったらしい。すぐさまその天使達は取り押さえられ、連行されたという。
 もう安心だと言う千羽に相槌を打つものの、三兄姉の心境は『博学の天使が何かしたに違いない』だった。
 
 博学の天使がこの区内にいると分かった以上、長居はできない。
 残念だが早々と帰宅した方が良さそうだ。もしくは西区に戻った方が良さそうだ。三人は買った荷物を片手にテレポーテーション塔に引き返すことにした。聖保安部隊はもう帰るのかと訝しげな眼を飛ばしてきたが、父のことを告げ口するわけにもいかない。追々面倒事が降り掛かる。
 
 大きな溜息をつく螺月は「折角の休みだったのに」と、肩を落とす。
 「…ねえ」菜月が声を掛けるが、螺月ははぁーっと溜息。もっと外出をエンジョイしたかったと愚痴を零す。
 「仕方が無いわ」柚蘭はまた今度有意義に買い物を楽しもうと弟を励ます。「…ねえ」菜月は再度二人に声を掛ける。そこでやっと二人がなんだと視線を投げてきてくれた。菜月はグッと片眉根をつり上げて、疑問を口にした。




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