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05-20


 
  
「やっべぇやっべぇ。結構並んでてさ、遅くなっちまった」

 
 「やっぱ休日は多いな」片手にオロコンジュース、片手にロールガロンと呼ばれた焼き菓子の入った紙袋を持って螺月が戻って来た。
 何だかんだ言っても兄も根本的に優しい性格なのだろう。大量のロールガロンが詰め込まれた紙袋は文句を垂れていたお目付け分を合わせ、全員分のロールガロンを買って来ているようだ(自分の食べる分は多めに購入していたみたいだが)。
 
 並び疲れたと愚痴る螺月に、「これありがとう」わざわざ買って来てくれてありがとう。菜月はスモールフラスを見せながら綻ぶ。
 間の抜けた顔を作る兄だったが、姉が末弟に真実を話したのだと気付き、「柚蘭、てめぇ…」と恨めしい声で唸った。柚蘭はニコニコと笑顔を零す。自分がちゃんと渡したし、自分が買ったことにもした。

 ただし真実を告げるな、とは言われていない。だから真実を告げたのだと悪戯っぽく笑う。
 
 
「ふふっ。お兄ちゃんらしいところを素直に見せたらいいのに」

「……。うるせぇ、柚蘭の阿呆。チッ、壊したらぶっ飛ばすからな。それ自費なんだから。本当だったら柚蘭と折半するつもりで」

「あらあら、そんなこと言っちゃって。前々から菜月に何か買ってやるんだって私に言ってたじゃない」
  

 舌打ちを鳴らす螺月は気恥ずかしそうに紙袋に入っているロールガロンを手に取り、口に押し込む。照れ隠しなのだと分かった。

 菜月は一笑し目を細める。
 螺月が長年夢見続けていた兄への憧れ。自分が異例子として生まれてしまったばっかりに夢をくすませてしまった。例え父の研究が絡んでいても、自分は天使ではなく人間として、また異例子として生まれてきてしまった。
 やや申し訳ないと思う反面、姉も含めて兄は凄いと思う。自分に抱いていた嫌悪を好意に変えてしまったのだから。自分にそんな真似ができるだろうか。

 ―…もしも今、誰かに二人を憎んでいるかと尋ねられれば、少し、けれど別の感情も芽生え始めていると答える。自分はこれから兄姉というべき人達とどうしていきたいのだろう。家族に戻れる、のだろうか。
 もっと彼等と長く過ごしていけば気持ちも変わっていくのだろうか。

 スモールフラスを眺めながら思案をしていた菜月はフッと息を吐き、それを鞄に仕舞う。これは価値のつけられない宝物になりそうだ。
 
 

「おや? そこにいるのは女神の鬼夜柚蘭。力天使候補の鬼夜螺月。それに鬼夜第五聖保安部隊の郡是隊長に千羽副隊長」
 

 
 聞き慣れぬ落ち着いたバリトンボイス。
 菜月は深くフードを被ってオロコンジュースを飲むことに専念。
 名を呼ばれた柚蘭と螺月は相手の顔に瞠目、ベンチに腰掛けていた姉はすぐさま立ち上がった。それは聖保安部隊も同じだった。郡是と千羽もベンチから下り、相手に敬礼。位の高い者が現れたのだと分かるが菜月はベンチに腰掛けたまま動かなかった。
 
 チラッと視線を上げて相手を盗み見る。緑を帯びている黄褐色をしたローアンバー色の髪が視界に飛び込んできた。相手は中年の聖人男性のようだ。背に翼はない。


「ユベル大神官。このようなところでお会いできるとは光栄です。お買い物でしょうか」
 

 聖人を“大神官”と呼ぶ姉。

 神官とは四天守護家を補佐する一般天使や聖人者達のことを指し、大神官は四天守護家の中でも長を補佐する者を指す。つまり大神官は長の次に地位があるのだ。姉が敬語なのも相手が大神官だからだろう。丁寧に挨拶をしている。
 大神官の名はユベル・ヴェーテンというらしい。朗らかに笑い、「そのつもりだったのですが仕事が入りまして」と姉に丁寧な敬語で返答。滅紫の瞳は優しさを宿していた。
 

「始めはプライベートで此処を訪れていたのですが、先程伝書鳩で一報入りまして。これから中央大聖堂に向かわなければならないのですよ。どうも北部で不穏な出来事が起きたようで。
そちらもお買い物ですか? 聖保安部隊とご一緒とはまた珍しい面子ですね。それにそちらに座られている方は…」

  
 ユベルに視線を向けられても菜月は頑なに足先だけを見つめていた。大神官レベルともなれば自分が誰なのか直ぐに分かってしまうだろう。極力は接触を控えたい。兄姉も自分に気を回してくれたのか、「知人の子です」と紹介してくれた。
 するとユベルが屈んで菜月に挨拶をしてきた。菜月は細い声ながらも挨拶を返す。早く去ってくれと思うがユベルは更に言葉を掛けてきた。名前を尋ねてくるものだから菜月は言葉を詰まらせる。

 此処で本名を出せば自分が何者なのか直ぐに分かってしまうだろう。
 
 どうしよう…、ダンマリになる菜月に、「人見知りの激しい子なんです」極端に人を恐がってしまう子なのだと螺月がフォローに回ってくれた。「そうですか」残念だとばかりに苦笑いを零し、ユベルは菜月に恐がらせて申し訳ないと謝罪。
 時間が押しているのか、ユベルはそろそろ失礼すると会釈をし皆に背を向けて去って行った。
 
 その際、彼は振り返って微笑を作り、「これからの若人が聖界の財になってくれることを期待しますよ」と言葉を残して。

 
「それと知人ではなく、弟さんの身の上を隠すならばせめて従兄弟にするべきですよ」
 

 すべてお見通しだったと苦笑い交じりの言葉を残して。
  
    
   
  
 
「―――…直接対面してみると、異例子はますます財にも災にもなりそうな可能性を持っているな」
 

 その男の苦笑いはやがて薄ら笑いへと変わった。優しげな表情はスーッと消え、表れるのはシニカルな顔。

「まあ、聖界の財になろうが災になろうが、こちらの利益としては十二分に使える奴だ。あの異例子は」

 使う際は慎重に且つ効果的に。そのためには奴ともっと接触してみなければいけないだろう。
 「ん?」 ふと向こうで視線を感じたような、ユベルは眉根を潜める。まさか自分以外にも異例子を狙う奴が? 雑踏の中、ユベルは微かな視線の熱に厭な者を感じたのだった。
  



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あきゅろす。
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