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05-19


 
 最初は一時の感情だと思ったの。
 暫くするとお兄さんになりたいなんて口にしていたことも忘れてしまうんじゃないかって思ったわ。螺月、その場の感情に流されるところがあったから。
 
 でもね、螺月は本気だった。母上に弟か妹を作って欲しいって強請ったり、兄弟連れを見て「下がいるっていいなぁ」ってぼやいたり、私に上ってどんな感じだって毎日のように聞いたり。
 厭きることなく兄になりたいって口にしていたある日、螺月は私に言ったの。


『下がいたら、すっごく可愛いんだろうなぁ。俺な、弟や妹の面倒看てやりてぇんだ。いっぱい遊んでやりてぇ。弟や妹が自慢してくれるような兄貴になりてぇんだ』


 って。

 螺月、ただ単に下の子を守りたい、強くなりたいだけじゃなくて本当にお兄さんとしての気持ちが目覚め始めていた。下の子に対しての愛情が芽生え始めていたの。
 
 だけど螺月はお兄さんになれなかった。幼い頃に抱いた夢は、成長していっても変わらなかった。でも時が経つに連れて螺月は諦めを抱き始めていた。
 兄になりたいけれど、自分は兄にはなれないだろう。下の子ももう生まれないだろうって。「こればっかは諦めるしかねぇよな」そう語る螺月の悲しそうな顔、私、忘れることが出来ないわ。神さまに祈ったこともあるの。どうぞ弟の夢を叶えてあげて下さいって。
 
 その内、螺月、お兄さんになりたいって口にしなくなったわ。
 内心では夢を捨て切れてなかったみたいだけれど、お兄さんになりたいという口癖は、やがて諦めによって消えてしまった。
 

「螺月にとって兄になることで自分の何かが変わるって思ったのかもしれない。はたまた別の感情が螺月の兄に対する憧れ意識を強くしたのかもしれない。どちらにせよ、長年抱いていた夢の口癖が消えてしまったことは私にとっても寂しかったし悲しかった。まるで自分の夢が消えてしまった気分だったわ」


「…柚蘭」
 
「でもね、そんなある日。母上が私と螺月を呼んで報告したの。『家族が出来ます』って」
 

 前触れも無かったわ。
 家族報告がある。そう言われて集められた私や螺月の前で母上が笑顔で言ったわ。『家族が出来ます』って。
 
 それは夢のよう、私も螺月も目を瞠った。そして喜んだ。とてもとても喜んだ。三番目の子供が母上のお腹に宿ったって知った時、螺月は自分の夢が叶うって始終笑顔だったわ。誕生日プレゼントを一生分貰ったくらいに嬉しかったって本人は言ってたのよ。
 自分の下ができるって知って、毎日のように早く生まれろ、でも元気に生まれろよ、なんて言ってたくらいだもの。本当に楽しみだったの、菜月の誕生を。
 
 それが近い未来、貴方を傷付けるような態度ばかり起こしてしまった。螺月は菜月に酷いことをしてしまったって誰よりも悔やんでいたわ。守るべき弟を守れず、傷付けてしまっただなんて。って。

 
 ―…菜月、貴方は螺月にとって長年待ち望んでいた、大切な弟なの。
 
 誰よりもあの子は貴方に対して口を出すし、人三倍短気で不器用だからすぐに叩くし、細かいところまで注意もするし、子供扱いもするけれど。貴方のことを一番に想っている。私や母上じゃなくて貴方のことを第一に考えている。周りからはブラコンを通り越して過保護だって言われてるくらい。

 だって菜月は螺月の待ち望んだ弟だもの。


「少し度が過ぎるところもあるけれど、螺月は菜月のことを大切にしたいの。今までできなかった分、貴方に優しくしてあげたい。喜ばせてあげたい。楽しい思い出も作ってあげたい。そのスモールフラスは螺月の気持ちの表れね、きっと」

「―……螺月の気持ち」


 喜んで欲しい一心で買ってくれたスモールフラス。
 
 確かにこれは欲しいと思っていた。魅力的だとも思っていた。
 けれどどうだろう。先程以上に魅力的な物だと思えて仕方が無い。誰かさんの不器用な優しさや愛情も伝わってくるようではないか。
 
 スモールフラスに目を落としていた菜月だったが、「宝物にするよ」一生の宝物にすると姉に微笑んだ。
 そしてスモールフラスに再び目を落とす。小瓶の中ではドラゴン達が仲良く寄り添うように昼寝をしている。この子達は兄弟なのだろうか。これが魔法だとしても、彼等が兄弟だとしたら、小瓶に閉じ込められていても寂しくないだろう。
 



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あきゅろす。
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