05-16
距離を置いて見ていた千羽は、「楽しんでますね」周囲に異例子の正体がばれないかどうか不安ですけど、と苦笑。
「まったくだ」市民と接触するなんて、不機嫌に腕を組む郡是だったが、一変して失笑。「なんとなく分かった気がする」菊代さまが許可を下ろした理由が、と部下に吐露。
「異例子は聖界を心の底から憎んでいる。“未知な力”は、そういった負の心の波長で姿を現しかねない。今のところ、負の面でしか姿を現さないと報告も入っている。―…菊代さまは少しでも解消させたいのかもしれんな。幼少から負のイメージしか持たぬ、異例子の気持ちを変えたいのかもしれん」
「幼少は殆ど家に引き篭もっていたと聞きますしね。見るところ、堂々聖界の国都を歩くのも初めてな様子ですし。過去の傷が癒えることはないでしょうけれど…、“未知な力”を出させないためには心に平穏が必要。異例子にとっても、鬼夜にとっても、色んな意味でこの機会はプラスなのかもしれませんね」
相槌を打つ郡是は前方で出店を覗いている三兄姉を見つめた。
一つひとつに好奇心を抱く菜月は、「これは？」指差して二人に説明を求める。その姿はまんま子供だ。とても四天守護家の掟を破った異例な子になど思えない。未知な力があると畏怖の念を抱くには、やや拍子抜けをしてしまう光景。
このまま何事も無く、兄姉に心を開き、聖界の生活に馴染めばいいのだが…、果たしてそう上手くいくものだろうか？
（今は良くとも、異例子の心には悪魔がいる。魔界人のことを完全に忘れない限り…、ふとしたきっかけで負が心を覆うことが）
それともこれは憂慮にしか過ぎないのだろうか？
出店を見て回った菜月は二人に連れられ、街一角のレンガ造りの店に入った。
そこは五階建でひとつの大きな店として存在している。人間界でいうデパートのようなもの。店が一つの建物に集結して店を開いているのだ。兄姉は此処で買い物をすると教えてくれた。もっぱら買う物は二人の仕事に使う文具や武器の手入れ用品なのだが、店に並べられた商品を眺めるだけでも菜月とっては目新しく新鮮だ。明日からまた暫く引き篭もる生活が続くだろうし、存分に外の空気を吸っておかなければ。
見たことの無い魔具(魔法の道具の略)たちを見やりながら、菜月は二人の間を歩いた。
暫くすると兄姉はお目当ての品を見つけたらしく、「此処の高くね？」「そうね」石らしきものを手に取って見比べている。そうなると菜月は手持ち無沙汰になるため、何か暇を潰せるものはないかと辺りに目を配った。
ふと向こうの商品棚に目が留まる。並べられた商品に首を傾げ、思わず菜月はそっちに駆け寄った。
商品棚には小瓶がズラッと整列しているのだが、その小瓶の中には世界が閉じ込められていた。
例えば目前の小瓶には空に架かった虹と不死鳥が閉じ込められている。中の不死鳥は優雅に空を舞っていた。
その隣の小瓶には草原を掻けるユニコーンとその草原。紹介札には『観賞用小瓶・スモールフラス』と記してあった。紹介文によると小瓶の中に魔法が閉じ込められているらしい。
菜月はスモールフラスの一つを手に取る。
小瓶の世界で二匹のホーリードラゴンが森の中でじゃれあっている。
「可愛い」菜月は目を輝かせ、凄いと感嘆の声を漏らした。人間界の暮らしが長かった菜月にとって、ありふれた小瓶の中でドラゴン達が可愛らしくじゃれあっているなんて夢のよう。瓶の中でドラゴンが暮らしているのではないだろうか。そう錯覚してしまうほど小瓶の中は良く出来た世界だった。ドラゴンなんて本物なのではないか、魔法だとは分かっていても本物ではないかと思ってしまうほどの世界は凄い出来だ。
紹介文によると時間帯によって小瓶の中の世界も変化するらしい。今はじゃれあっているドラゴン達も食事を取ったり、飛行したり、昼寝をしたり、水浴びをしたりするとか。
聖界に戻ってからめっきり動物と触れ合う機会が無くなってしまった菜月は、このスモールフラスに魅力を感じていた。触れ合う機会が無い分、これを眺めておくだけでも気が紛れそうだと思ったのだ。
「異例子。あまり兄姉と距離を取るな」
お目付けの郡是に注意され、菜月の思考は一気に現実へと舞い戻る。
前方に目を向ければ随分前を歩く兄姉。このままでは置いて行かれてしまう。けれどスモールフラスも気になる。買ってとオネダリするつもりはないが、それでもスモールフラスには大きな魅力を感じる。
まあ、可愛いドラゴンを見られただけでも儲けものだろう。
菜月は前向きに物事を捉えスモールフラスを戻す。スモールフラスに閉じ込められている様々な動物達を一通り眺め、兄姉の後を追い駆けた。その際、菜月はそうだと思い出したように聖保安部隊に振り返る。
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