05-15
「あ、戻ってきた。お帰り、どうだった?」
テレポーテーション塔前に戻ると、自分達の帰りを待っていた螺月が感想を求めてくる。
柄にも無くはしゃいでしまったと菜月は照れ隠しをするように頬を掻き、「ご主人から貰った」茶の巾着袋を見せる。中身はユニコーンの角。貫禄のある鋭い角が堂々巾着袋の中に入っていた。
「それ、すっげぇ高価なものじゃねえか! 金貨数十枚はくだらないぞっ?!」
タダでくれたのか? 素っ頓狂な声音を上げる螺月に、柚蘭が代わって頷く。
「離れようとしたら付いて来るくらい、ユニコーンがすっごく菜月に懐いちゃって。
それを見たご主人が気に入っちゃって、『ユニコーン好きに悪い輩はいない』って…、これを下さったの。遠慮したんだけど、受け取って欲しいって強く言われちゃって。菜月、将来は有能なユニコーンの調教師になれるってお褒めの言葉も貰ったのよ。ちょっと大袈裟だった気もするけど…」
「すっげぇな。これをタダでって…、太っ腹なおっちゃんだなぁ。菜月、ユニコーンの角は無毒化する効果があるんだ。病に効く薬として高値で売られてる。こりゃ貴重なものを貰ったな、菜月」
大切にしろよ、兄に額を小突かれながらも菜月はうんと頷いて巾着袋をしっかしと紐で縛った。
とても気さくで優しいご主人だったな。相手は天使だったけれど、ああいう人だったら天使でも好きになれそう。菜月は心中で別の感想を漏らしていた。本当に好いご主人だった、自分が異例子だと知ったらどんな顔をするだろう? 想像するだけで胃が重たくなる。これ以上は止そう。
菜月は大事に兄のお下がりである布鞄にそれを仕舞う。
「そうだ、菜月。ちょっとこっち来い。待ってる間に面白いものを見つけたんだ」
腕を掴まれた菜月は兄に引きずられ、道端でシートを広げ路上販売しているであろう店に立った。兄は前を指差す。言われるがまま指先の向こうを見つめた。
そこには小さな小さな羽の生えた球状の生き物。一見すると野球ボールに半透明色の羽の生えたような生き物なのだが、よくよく目を凝らすと目も口もあり、しっかりと表情を作っている。
彼等は主人の指示に従って様々な打楽器を奏でていた。その音色はオルゴールに近く、心に癒しを与えてくれる。聴いているだけで肩の力が抜けていくようだ。
「ヒミュフェアリーってんだ」
人々に癒しの音楽を奏でてくれる妖精なのだと螺月が教えてくれる。
「妖精なんだ」初めて見ると菜月はヒミュフェアリーを興味津々に見つめる。打楽器を奏でていたヒミュフェアリーの一匹がこちらに飛んで来た。ヒミュフェアリーは菜月のフードを素早く取ると右頬に顔を押し当ててくる。
何をされたか分からず、目を白黒させてヒミュフェアリーを見つめていると隣に立っていた螺月が笑声を漏らした。
「ヒミュフェアリーの祝福を受けたな」
フードを被りなおした菜月は祝福とは何だと尋ねる。返答してくれたのは後からやって来た柚蘭だった。
「ヒミュフェアリーは子供がとても好きでね、健やかな成長を願って子供の右頬にキスをするの。私や螺月も小さい頃、ヒミュフェアリーの祝福を受けたことあるわ。ヒミュフェアリーの祝福を受けたら、その日の夜は絶対に良い夢が見られるのよ。菜月、良かったわね」
微笑まれるものの、菜月は不満を一つ覚える。むっすりと姉に訊ねた。
「……。ねえ俺、ヒミュフェアリーに子供だって思われたの?」
「……。菜月はばば上似で童顔だから間違えちゃったのよ、きっと」
「安心しろって。俺等からしたらてめぇはまっだまだまだまだガキだから。良かったじゃねえか、ヒミュフェアリーに祝福してもらって」
何が安心しろ、なのだろうか。
菜月はとてもとても複雑な心境だった。
人間界にいた頃も年齢相応には見られていなかったのだが、まさか妖精にまで子供扱いされてしまうとは夢にも思わなかった。素直に喜ぶべきところなのだろうか。それともヒミュフェアリーの祝福に対して失礼だと不貞腐れるべきなのだろうか。
―…まあ、いっか。祝福をしてもらったんだし。
菜月は前者を取ることにした。
不貞腐れては祝福してくれたヒミュフェアリーに失礼だし、不貞腐れる態度そのものが子供ではないか。子供扱いされたことには複雑だが素直に喜ぶことにした。ヒミュフェアリーの祝福が見せてくれる夢に期待しよう。
ばいばい、菜月はヒミュフェアリーに手を振った。向こうもその場で何度もグルグルと回り、別れの挨拶。思わず笑顔を零してしまった。
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