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01-03


 
 菜月自身の影も安全だと分かっている。
 何故ならば菜月の片手首には魔法が使えないよう枷を嵌められている。

 仮に菜月が魔法陣の外に出ても、魔力が使えないようになっているのだ。
 本体が魔力を抑え込まれているため、本体とくっ付いている影も魔力を抑え込まれる。

 カゲっぴにとって菜月の自室と影は最適の隠れ場所なのだ。
 
 そのためカゲっぴは常に菜月と行動を共にしている。

 菜月としてはなるべく身の安全のため自室にいて欲しいところなのだが、カゲっぴがひとりで部屋にいるのはツマラナイから嫌だと駄々を捏ねたため菜月の方が折れて行動を共にしている。

 早くカゲっぴを人間界に戻してやりたい。菜月は方法を考えているのだが、どう考えても自分個人の力だけでは無理だと分かっている。

 となれば、同居している兄姉が人間界に帰してやるための方法として最有力候補に挙がるのだが。

「イマイチ信用できないんだよな」

 独り言を零し、菜月はカゲっぴを呼んだ。
 朝食を食べに行くのだと分かり、カゲっぴは喜んで菜月の影へと入った。微笑ましく思いながら菜月は扉の取っ手に手を掛ける。 
 

 耳を澄ませ足音が聞こえないかどうかまず確かめた。

 次に扉の向こうに人の気配はないか、神経を研ぎ澄ませて大丈夫だと判断すると恐る恐る扉を開ける。

 左右に分かれている廊下を何度も見返し、ゆっくりと体を廊下に出すと音無く扉を閉めた。そして忍び足で洗面所へと向かう。

 と、背後から足音が聞こえた。

 菜月は身を竦め、急いで洗面所へと飛び込む。
 息を殺しながら壁に背をつけ足音が遠ざかるのを待った。完全に足音が聞こえなくなると菜月はホッと胸を撫で下ろす。

(駄目だな。子供の時の癖が戻ってるよ)
 
 幼い頃、母兄姉と顔を合わせないよういつも足音や気配に神経を研ぎ澄ませ、極力顔を合わせる彼等に不快な気持ちを与えないよう気遣っていた。

 物心付いてからずっとこれを繰り返していたため、体に癖が染み付いてしまっている。

 忘れていたはずの癖が今になって蘇ってしまったのだ。

 不快な気持ちなどもう考えなくても良いと分かっている筈なのに。
 何を思われようとも彼等とは他人。どうでもよいと思っている筈なのに。

 菜月は気を取り直して洗面台に立つと、豪快に顔を洗って気持ちを引き締めた。
 その気持ちのまま菜月はリビングキッチンへ。中に入る前にそっと部屋を覗きこんで見ると、既に朝食を取っている兄と姉の姿が。

「今日は早めにあがれそうなんだ。例の仕事が片付きそうでさ」
「よかったわね。もう五日は掛かりそうって愚痴っていたでしょ」
「朔月が手伝ってくれるって言ってくれたんだ。あいつには頭上がらねえ」

 もう出勤しなければならない時間なのだろう。食べるペースが速い。
 それでも和気藹々と会話を弾ませている。傍から見たらとても仲の良い兄姉だ。昔からそうだ。あの二人は仲が良い。

 もしも、もしもの話。

 自分が生まれなければあの姉弟は苦労せず、また周囲から差別されずに済んだのだろうか。
 いつまでも仲良く、しかも母親と平穏に暮らせたのではないのだろうか。思えば思うほど憂鬱が襲ってくる。

(悩んでも同じだろ、馬鹿馬鹿しい)
 
 菜月は目を伏せて部屋に入ろうかどうか考えた。
 彼等が出勤してしまってから部屋に入ろうか。朝食を取ろうか。そうすれば顔を合わさずに済む。

(自室に引き返そうかな。あいつらと顔を合わせたくない)

 小さな溜息をついた瞬間、自分の影から腹の虫が聞こえた。

「なっ、」

 驚く菜月に対し、カゲっぴが影からひょっこりと顔を出した。

『恐がり菜月、何してるんだっちゅーの。早くご飯食べよう』

「わわわっ、シーッ。カゲっぴ、シーッだよ。シーッ」


「菜月、そこにいるの? 遠慮しないで入って来ていいのよ」


 ギクリ。
 菜月は身を竦めた。取り敢えず息を殺してその場に佇んではみるが、気配の殺し方までは分からない。

「なに遠慮してんだよ。来いよ。腹減ってるだろ」

 微苦笑交じりの言葉が飛んで来た。
 しかもカゲっぴの腹の虫が、大事なことなので二度言うがカゲっぴの腹の虫が盛大に鳴った。
 向こうから二つの笑声が漏れる。聞かれてしまったようだ。

「意地張るなって」
「ほら、いらっしゃい」

 兄と姉の優しい言の葉に菜月は肩を落とした。
 嗚呼、もう。ばれた上に笑われてしまった。

「何なんだよ」

 一つ愚痴を零すと、菜月はカゲっぴに影の中に入ってるよう指示した。
 そして重い足取りでリビングキッチンへと踏み込む。
  



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