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舎兄の誓い


 
 
 
(サトミカズサ。マミヤ。ケイを甚振った奴等、か)
 

 一方、アパートの外で呆然と煙草を吸っていたヨウは揺らぐ紫煙を見つめて思考を回していた。
 濡れたアスファルトから染み出した空に視線を流す。真夜中まで降り頻っていた雨の姿はない。雨雲は風に流れ消えたのだろう。晴れた空を見据え、ヨウは目を細める。
 
 今回の犯行はケイの記した人間達だけではない。
 体の傷を診せてもらったが、あれは複数、それも五人以上で甚振られたものだとヨウは踏んでいる。一人二人ならば、例え手腕のないケイだろうと力の限り抵抗し、軽傷で済んだに違いない。ケイは複数の人間にやられたのだ。あの弱り方はきっと。
 
 「クソッ」吸っていた煙草を右手で掴み、握り締める。
 掌の皮膚が焼け、痛みを感じたが大したものではない。舎弟の背には根性焼きのような痕も多々見受けられた。それに比べれば自分の痛みなんて塵同然である。吸殻をその場に捨て、ヨウはジャージのポケットに手を突っ込んだ。

(こんなことなら、もうちっとケイの不安に耳を傾ければ良かったな)

 また間に合わなかった。舎弟の危機に、また。
 不甲斐ない自分に憤りしか感じられない。もしも過剰に不安を抱いていたあの日に、自分が何か動いていれば、何かしていれば、未来は変わっていたのだろうか。悔やんでも現在は変わらない。分かってはいる。だが悔やんでも悔やみきれない。
 「俺狙いのくせに」なんでケイを狙いやがった…、あいつが俺の舎弟だからか? それとも周りから潰す作戦に出たのか? 理由を考えれば考えるほど苛立ちは募る。
 
  
 
(あいつは俺の舎弟。その舎弟に手ぇ出したらどうなっか…、思い知らせてやる。ケイ、待ってろ。必ず仇を取ってきてやっからな)
 
 
 
 冷たい雨の中、いつまでも自分達の迎えを待ってくれていた舎弟。
 
 意識を沈ませている今も、恐怖という記憶の雨の中で自分達、自分の迎えを待っているのだろう。 
 降り頻る雨の中、身を守る傘もなく、ただただ自分の迎えを待っている。何があっても大丈夫、乗り越えられる。自分は舎弟にそう言った。真摯に受け止めてくれた、舎弟は乗り越えられると信じてくれている。熱に浮かされながら。
 
 必ず戻って来ると言った相棒。では自分は必ず仇を討つと此処に誓おう。
 相棒が目覚めた時、見舞い品として仇を取ったと笑って報告してやるのだ。きっと相棒はやや困ったように眉を下げ、申し訳なさそうに自分の非力さを嫌悪し、そしてつられて笑うだろう。元気になったらまた調子ノリとして、大事な友達として、自分の最高の相棒として、傍にいてくれたらと思う。
 
(大丈夫だ。ケイは戻って来てくれるっ…、俺は舎弟を失っちゃねぇ)

 過去に経験した仲間を失った恐怖が込み上げ、今の気持ちとシンクロする。
 かぶりを振り、失神間際に約束してくれた舎弟の言葉を思い出したヨウは重たい息を吐いた。舎弟が持っていた25セント硬貨をジャージのポケットから取り出し、それを指で弾く。真上に舞う硬貨は重力に従って落下、右の手で掴み、硬貨を見つめる。


(ケイが繋いでくれた奴等の影。ぜってぇ逃さねぇ)


 不良狩りをしている輩の尻尾を絶対に掴む。 
 側らにいたであろう鳥が羽ばたいた。それが雀なのか、カラスなのかは分からない。ただ羽ばたいた理由が買い物から戻って来た響子と弥生のせいだということは理解できる。


「ヨウ。何しているの?」


 弥生の問い掛けに、気分転換に外で一服していたのだと素っ気無く返すヨウは部屋に戻ると早足で中に入って行く。
 「ヨウ…」息を漏らす弥生に感化され、響子も溜息を漏らす。自分の心境を見定められたくないのだろう。


「いっちゃんダメージを受けているのは、ヨウなのかもしれねぇな。ヨウはケイを見つけた、第一発見者…、そりゃショックだったと思うぜ。そんな素振り一抹も見せねぇが。随分無理してやがる」

「ただでさえ仲間意識が人三倍高いしね。それに…、ヨウはケイの舎兄。二人ってすっごく仲がいいから無理しちゃうのも分かるよ。でも…、今のヨウ、なんだか怖い。平気で人を傷付けそう。……響子。ヨウ、どうにかならないの? なんだか見てられないんだけど」

「今のうち等じゃ無理だ。何言ったって聞き流すだけだろうさ。元のヨウに戻せるのはケイくれぇだろうな。うち等にできることは、あいつが暴走しないよう見張ってやることだ。なんかあったら引っぱたいて止めればいい」

「それができるのは響子くらいだよ」


 意気揚々と答える響子に、苦笑いする弥生だった。
 



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