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08-19


  

「ヨウの舎弟…、ケイ…、でいい?」

 
 カタコト口調で声を掛けられる。
 首を捻るとソファーの背面越しに俺を見下ろしてくる女不良。落ち着いた控えめな焦げ茶色の髪を持っているのは、日賀野のセフレ、んにゃ日賀野の恋人・帆奈美さんだ。

「え、ああ。ケイでいいですよ」

 殆ど喋ったことないせいか、リアクションに困ってしまい、ぎこちなく笑みを浮かべてしまう。
 その昔、ヨウと帆奈美さんのディープなちゅーを見せられたこともあるゆえ、やや喋りにくい相手でもある。まる。
 
 愛想に欠ける俺の態度にも気にせず、帆奈美さんは柔和に綻んで開口二番に礼を告げてきた。仲間のために苦手なチームに手を貸してくれてありがとう、と。例えそれが俺個人の私情でも、結果的に仲間を助けているのだから礼は当然言わせて欲しいと彼女は微笑する。……本当にあの大魔王日賀野の彼女なのだろうか、この人。めっちゃ礼儀正しいんだけど。
 
「ココロ…、元気?」

「あ、はい。元気ですよ」

 五十嵐戦を契機にココロと帆奈美さんは仲良くなった。度々会っているらしい。彼女からこっそり聞いている。
 「そう」なら良かった、綻ぶ帆奈美さんは今度は小声でヨウは元気かと尋ねてくる。困るくらい元気だと返すと、「そう」彼らしいと満面の笑みを浮かべた。ヨウのこと、ちゃんとまだ大事に想ってくれているんだろうな。それこそ関係は終わったけど、二人ってお互いの幸せを願っている友達以上恋人未満みたいな関係だから。
 俺がどうこう言える関係じゃないけど、二人の関係はしょっぱくも甘酸っぱいものだと思う。ヨウの奴、もうちっと帆奈美さんにアタックしていたら日賀野から取り返せていたんじゃねえの?

 フンッ、何処からともなく鼻を鳴らす音が聞こえた。

 音源を見やった俺は不機嫌そうに腕を組む不良に気付く。「妬いてる」クスリと笑い、可愛いと帆奈美さんが心境を述べた。聞いていない振りをして俺たちの会話に聞き耳を立てているとか。可愛いと連呼する帆奈美さん。だが、俺には神的な発言である。あの日賀野を可愛いと言える帆奈美さんすげぇ。まじすげぇ。俺なんて可愛いどころか恐ろしくて悲鳴を上げてばっかなのに。

 あ、犬に悪戦苦闘している姿は確かにお笑いもんで可愛いと思ったけどな。
 
 携帯がまた鳴り始めた。
 めげずにヨウが電話を掛けているのか、ディスプレイで確認した俺は次の瞬間、飛びつくようにボタンを押して携帯に耳を当てる。表記は『山田健太』、まさしく渦中にいる人物が電話を掛けてきたんだ。

 「健太!」俺の声に逸早く日賀野が反応して、こっちにやって来る。
 目で状況を説明しろって促してくるんだけど、ちょっち待てって。まだ声も満足に聞けていないんだから。俺は優しく、でも何度も健太の名前を呼ぶ。機具向こうは雑音ばかりで健太の声は聞こえない。でも鼻を啜る音や息遣いは聞こえる。本人のものだろう。
 
 暫く呼び掛けていると、『…圭太』細い声が俺の鼓膜を振動した。
 ようやく発した声にホッとして、俺はまず健太に落ち着けと言葉を掛ける。まだ動揺しているのか、それとも混乱しているのか、健太は意味の成さない声を漏らした。それを無視して俺は落ち着くんだと繰り返し相手に声を掛けた。

「健太。メールを読んだな? 読んだから電話してきたんだろ? あれは嘘じゃない、本当だ」

 俺が一行文にして送ったメール。それは健太が悪質手紙だと苦言していた内容と同じもの。

 ―…必ず迎えに行く。
 そう俺はメールしたんだ。健太はきっとあの手紙を思い出すだろう。けど同時に、俺との約束を思い出してくれる。信じてメールしたんだ。結果、健太はこうして電話してきてくれている。俺を信じて電話してきてくれている。そうだろ?

 「貸せ」日賀野が俺の手から携帯を取り上げた。
 んでもって、「おい。状況を説明しろ」三時間内で決着をつける、と日賀野。半日も掛からせない。だからさっさと言え、ぶっきら棒且つぞんざいな言い方だけど、日賀野の感情は確かにそこに宿っていた。


「ケン。貴様、あんま俺を舐めてっと焼き入れるぞ。―…今までチームの何を見てきやがった」

 
 ストレートに心配しているって言えばいいのになぁ。回りくどい奴。
 俺は日賀野の手から携帯を取り戻し、「こういうことだ」メールの文面は本物にする、だから安心して状況を説明しろと言ってやった。絶対に迎えに行くから、そう付け足して。




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