07-19
一方、廊下に飛び出したモトは三人に追われ追われて逃げているところだった。
たった三人しか外に連れ出しことができなかった。予定ではもっと外に連れ出す計画だったのだが、情けない結果となってしまった。バットで一人の足に狙いを定め、それを投げて動揺を誘うものの、ひとりが転倒したところで追っ手の足が減速するわけではない。
さあてこれからどうする。
自分の力量では三人を相手取るなど無理だ。護身のバットも既に手放してしまったし。
痛む体を無視しながら足を動かしていたモトは、廊下の向こうに階段を見つける。
この商社ビルはそれなりに金を掛けているのか、両端に階段が備わっているのか。だったらこの際、仲間が来るまで三人と鬼ごっこというのも悪くはない。体に鞭を売って階段に差し掛かったモトだが、下りようとしたその瞬間、曲がり角に身を隠していた人物。スリの青年が目前に現れ、モトは瞠目する。
フッと笑みを浮かべる青年はその腕を引き、モトの足を引っ掛けると、「ゲームオーバー」すれ違い様に一笑。
うそ、だろ。
走っていたその勢いと、青年の腕の力によってモトの体が階段真上に飛び、そのまま転倒。
段差に体を打ちつけながら、踊り場まで転がったモトの傍を青年が素通り過ぎるが、それに一抹も気付くことはできず。混濁する意識の中で、うつ伏せのまま何が起きたのだと状況把握に努める。
だが何も分からない。思考も回らない。身体も動かない。
気配が近づいて来た。
階段を下りてくる輩の声が聞こえてくるがなんと言っているのか分からない。打ち所が悪かったのだろうか。今は何もできないと、思考停止状態の脳が白旗を振っている。蹴られて表に返された。訝しげな表情で見下ろしてくる不良達の顔がぼやけている。
ひとりがしゃがんで胸倉を掴んでくるが、抵抗はできない。「こいつが元凶だろ」ようやく理解できた言語も前後の文脈がないと内容が掴めない。何やら仲間と話しているようだが…。
フルボッコにされるのかなぁ。
能天気なことをぼんやり考えていると、視界にいた不良二人の姿が消える。
はてさて何処かに行ってしまったのか。さほど気にすることもなく流れに身を任せていると、胸倉を掴んでいた不良の姿も消える。力なく床に沈むモトが視線を動かせば、怖い形相で相手にフックをかましている兄分の姿が。
「テメェ等」よくも弟分にっ、憤って三人を相手取る兄分にモトは力なく笑った。
やっぱりあの人は凄い。自分じゃ成せなかったことを糸も簡単にできるのだから。本当に凄い。いつもチームを引っ張っている、イケメン不良。直球型で仲間内からは単純だと揶揄されることもあるけれど、自分にとって誰より目標とすべき人。ずっと背を追って行きたい人。いやそれだけじゃ飽き足らない。
「モト!」
抱き起こされたモトは、「しっかりしろ」兄分に何度も声を掛けられる。
虚ろな眼を作っていたモトは微かにだか瞳に光を戻し、「だいじょうぶです」ちょっと頭を打って気分が優れないだけだと返事した。なんてことない。相手の顔を見やれど、まったく信用されていないのか「悪かった」すぐに助けてやれないで悪かったと、何度も謝罪してくる。
何を言っているのだこの人は。十二分過ぎるほど、自分をいつも助けてくれるのに。
「ヨウさん…、やっぱり…、貴方は凄いです」
尊敬しなおした。
いつもの口調で言うと、微かに表情を崩し、「てめぇだけだって」そこまで俺を尊敬してくれるの、ヨウはそっと言葉を返してくれる。
当たり前ではないか。モトは心中で呟く。だって自分は荒川の弟分、誰よりも尊敬心だけは負けない。負けないのだ。
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