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07-18



 その美形に怒気を纏わせ、灰色の髪を軽く揺らしながら室内に歩む矢島は転がっていたバットを持つと、脚力をフルに使い、素早い回り込みで相手の懐に入った。容赦ないバットの一振りだが、矢島は慈悲など与えないらしい。
 
 「千草と渚に」手ぇ出した奴はどこぞのどいつだ、その骨全部折ってやるから出て来い、ぎらついた眼で視線を飛ばしていた。
 最初こそ兄分たちにも敵意を含む眼を飛ばしていた矢島だったが、なんとなく状況が掴めたのだろう。すぐに此方への敵意は霧散する。「お前等か」あんの舎弟を甚振ってくれた命知らずは、残忍めいた笑みを浮かべ纏めて掛かって来いと挑発した。

「三倍返しは当たり前だと思え。恨むなら、自分の愚行を呪うんだな」

 「こわっ」兄分は怖じを口にしていたが、気持ちは分かると同調。自分を庇っている手に力が篭っていた。
 矢島の眼光の鋭さと踏み込みの速さだけで目測、実力者なのだと判断した輩はやや逃げ腰になる。「来ないならこっちから行くぞ」安心しろ、誰一人逃がさないから、不敵に笑う矢島が床を蹴った。
 
 同時に飛び込んでくるヨウ達の姿。

 リーダーは矢島の姿に驚いているようだが、すぐに表情を戻して彼の脇をすり抜けると飛躍。
 何をするつもりなのか。目を丸くするキヨタトとは対照的に、素早く頭を下げる兄分はパスだとばかりに持っていたバットを右手に手渡す。
 受け取ったヨウはそれを勢いのままに振り下ろして、兄分の背後を取ろうとしていた不良に脅しを仕掛ける。怯む相手に、「センスないぜ?」自分の拳で喧嘩もできないなんて臆病者することだとシニカルに笑い、痛恨の蹴りを相手の胸部にかました。


「左下注意!」


 兄分が声音を張る。
 「おっと」足払いを仕掛けられそうになったヨウは、兄分の声音に反応してジャンプした。着地の際、その足を踏んで、「不意打ちもダセェぞ」なんたって不意打ちは成功させてこそ美なんだからな。ヨウは口角をつり上げる。
 

(これが舎兄弟…、なんっスか)

 
 コンタクトも取らず、何をするのか互いに理解し、すれ違い様にパスする。言葉だけで反応できる。その阿吽の呼吸。
 自分には到底真似できそうにない。

 呆けるキヨタを余所に、相手を伸すとすぐに踵返すヨウ。
 「きっと廊下だ」兄分が意見すると、「ああ」ヨウは返事をし、後は任せたと告げて、仲間達をその場に残した。
 
 ワタルやシズ達の姿に兄分はもう大丈夫だと、肩の力を抜き、キヨタを抱き起こす。
 脇腹を押さえるキヨタに、「怪我したんだろ」見せてくれ、と半強制的に兄分はブレザーを脱がしに掛かった。カッターシャツと下着シャツごと捲って具合を見る兄分をぼんやり見ていたキヨタは、不意に兄分の右手に視線を流す。腫れている右の手。きっとまだ書道出展の作品が出来上がっていないだろうに、手の甲が赤く腫れ上がっている。自分を庇ったせいで。……筆、持てるのだろうか? あんなに腫れ上がって。


(俺っちダサい。ダサすぎる)
 

 手腕のない兄分を守る。
 それが手腕のある自分にとって最も誇れることだったのに、逆に守られてしまうなんて。守れてしまうなんて。一体自分は何をしているのだろうか、キヨタは激しい自己嫌悪に襲われたのだった。
 



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