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「言いだしっぺはお前だ」


 

 ◇

 
 話は遡り。
 
 谷がココロを連れて一室から飛び出した後、モトとキヨタは雪崩れ込んできた不良達の多さに冷汗を流しながら応戦していた。まさか川瀬がこの場に残ってくれるとは思いもしなかったが、それにしたって不利な状況下である。

 人数もさながら個々人の手腕に問題ありなのだ。
 
 頭の片隅で理解はしていたが、これほどまでに現実は厳しいのか。
 
 不良のひとりに一蹴され、左脇腹を押さえながらモトは奥歯を噛み締めた。そして痛感する。自分の不甲斐なさを。
 率先して合気道経験者のキヨタが大勢を相手にするものの、一個人では無理がある。前方を相手にしていると右から、右に横蹴りを入れると背後を取られる。更に相手は道具持参ときた。紙一重に振り下ろされるバットを避けているが、あの小柄な体躯ではどれほど持つか。
 既に何発攻撃を食らっているのか、相手を気遣う余裕も、自分が食らった攻撃をカウントするのも億劫である。

 嗚呼、何の嫌がらせだろうか。
 因縁をつけられるわ、濡れ衣を着せられるわ、道具は持ち込んでくるわ。
 とんだ災難だとモトは相手に唾を吐きかけたくなった。相手の様子を見ている限り、当然此方の話に耳を傾けてくれそうにはない。自分達は通りすがりの者ですと告げたところで、鼻で笑われるだけ。容赦ない拳が飛んでくるに違いない。あ、今も飛んできているが。
 
(せいぜい時間稼ぎしかできねぇ。ヨウさん達に賭けるしかないのかよ。ダッセェ)
 
 頬を掠める拳を一瞥し、その腕を掴んで向こうに受け流すモトはナニが弟分だと作った拳に血管を浮き上がらせる。
 渾身の力を込めて相手を殴り飛ばし、羽交い絞めにしてこようとする背後の敵の胸倉を掴み、前方に放った。
 本当にダサい。仲間が助けに来てくれるのにすべてを賭ける自分も、この場を持ち堪えることしかできない自分にも、兄分の手腕の足元にも及ばない自分にも。なにが弟分でなにが兄分だ。


「ケイに偉そうなこと言ってっけど、オレこそ誇れるような功績をちっとも残せてないじゃねえかよ!」


 性懲りもなく羽交い絞めにしてこようとする相手の頭部に頭突きを食らわせ、床に着地。
 くらっとする眩暈が襲うが難なく耐えて、額を擦りながら、その場から撤退するために飛躍した。振り下ろされるバットに嫌な汗を流しつつ、モトは何も成長がないと自分自身に苛立ちを募らせていた。

 思えばあの時から。
 日賀野大和に舎弟を誘われ、果敢にも一蹴したあの時から、いや初対面から差をつけられていた。

 舎弟として何ができるか、思い悩む好敵手に対して自分は口先ばかり。

 舎弟問題を起こしたあの日々だって、兄分に“必要”だと言われたというのにそれに応えられる動きなど何もしていない。
 あんなに背を追い駆けているというのに兄分に追いつけない。舎弟には差をつけられる一方。キヨタが弟分・舎弟のことでうんぬん悩んでいたが、自分だって実は日々片隅で弟分のことで悩んでいた。いたのだ。
 ケイが手腕がないと悩み、舎弟の立ち位置に悩むように、自分だって。

 胸を占めるのは大きな悔しさ。
 兄分の見よう見真似で指揮なんぞ取ってみたりしたが、結局周囲の助言に支えられ、自分の力では何もできない。尊敬する兄分のように人を纏め、それを力にすることすらできない。ダサい、限りなくダサい。

 視界の端に小さな体躯が窓辺付近の壁と衝突しているのが映る。
 「キヨタ!」余所見をしていると、飛び蹴りが背中に決まり、モトは転倒してしまう。ダサさに磨きが掛かったではないか、無様に転んだ自分の有様にモトは自嘲する。踏まれる背中の痛みに眉根を顰めた。


「モトッ…、逃げろ!」


 キヨタの喝破に無茶言うなとモトは苦笑する。
 しっかりと体重を掛けられて固定されているのだ。動けるわけないではないか。影の動きで分かる敵の行動に、モトは咄嗟に瞼を瞑り、激痛を覚悟した。




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