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06-28




 どうする。青年を追うべきか。

 躊躇いを抱いていると、第三者の荒呼吸。背後を一瞥すればやっと追いついたと胸に手を当てるココロがそこにはいた。
 運動音痴で持久走がてんで苦手な彼女だが、ド根性で自分達の後を追って来たらしい。一度は二人の姿を見失って焦ったが、Uターンして道を飛び出した二人を見かけて、どうにか此処まで追って来たとか。二人とも置いて行くなんて酷いとココロが文句を口にするものの、毒は含まれていない。

「スリの人…、中ですか?」

「そうッス。お財布はまだ取り返せいないんっスよ。すんません」

 いいんですよ、大した金額入っていないから。
 ココロは首を横に振る。それより、スリの人はどうして此処に…、彼女は表情を硬くした。伊達に名の知れた不良のチームに属していない。彼女自身も、スリの輩が此処に入ったことを訝しげに思っているらしい。
 もしや何かの罠ではないか、とココロは喧嘩の勘を表に出す。
 
「けど、財布は取り戻さないとな! うっし、行くぞキヨタ!」

「だなモト! ココロさん、安心して俺っち達に任せて、貴方は此処にって…、ちょ、ココロさん!」

 スカートを押さえ、チェーンを跨ぐココロはさっさと扉に向かっている。
 振り返り、必死こいて止める二人を不思議そうに見つめる彼女は、「中に入るんですよね」と出入り口を指差す。そりゃそうなのだが…、ココロは此処にいてもらわないと困る。女性は足手纏いなのだ。率直に言えば、ご心配なく、とココロ。

「喧嘩になったら、何処かに隠れますから。いつもそうしてますもの」

 いや、そうでもなくって。
 ゲンナリする後輩二人に、「ひとりで留守番なんてヤですよ」ココロは置いて行かれる方が怖いと大主張してきた。よって先輩を連れて行くしかなく…。
 後輩達は静かに肩を落とし、重い足取りでチェーンを跨ぐ。「さすがはケイさんの彼女」「肝が据わってらぁ」舎弟の彼女は強いものだ、各々感想を述べながら仕方がなしに三人でビル内へ。
 

 無人のビルはやや荒れていた。

 客人用のスリッパは無造作に靴棚に放られているし、土足マットもナナメっている。玄関口から左右に分かれている廊下には無数の足跡がチラホラ。シャッターが下ろされている窓口には『受付』と印刷された文字が。けれどそれも剥げかけており、目を凝らさないと文字が読めない。
 「商社だったみたいですね」ビル内の雰囲気にココロが小さな子会社だったのではないかと、二人に意見を求める。

 窓口があるから多分そうだろう。
 けれど何故、無人に…、倒産、もしくは移転したのだろうか? 
 
「あ。そういえばケイさんが言ってたな…、ここら一帯の道路が整備されているって。なんでも数年前から道路整備の話がきていて、周辺住民と市役所と揉めていたって。ここら辺はまだ道路整備されていないみたいだけど、近くには古びたアパートや駐車場しかなかったし。此処も近々道路整備されるのかも」
 
「なるほどな。だからビルに人の気配がまったくないのか」

 それに不良かヤンキーのたむろ場になっているみたいだしな。
 モトは眉根を寄せて左右の廊下を交互にやる。「見ろよ」この壁、スプレーで落書きされ放題じゃんか、と親指で壁を指す。
 確かに、路地裏で見かけるような洒落た英単語が赤や青といったスプレーで綴られている。ということは、此処は名も知らぬ不良達のたむろ場になっているのだろうか? 人の気配はまるでないのだが。
 

 取り敢えず奥に進んでみる。

 落書きされ放題の壁のせいで商社だった面影がこれっぽっちもない。日頃の鬱憤を壁にぶつけるかのごとく、壁には落書き、落書き、らくがき。
 「凄いですね」目を瞠る数だとココロは感心しているが、「スプレー代の無駄だよな」モトは興味なさ気に言葉を返した。親友に同調するキヨタは、スプレーってひとつがわりとお高めなのだとココロに教える。
 
 そうなんですか、相槌を打っている彼女が別の物に興味を惹かれたのはこの直後。
 階段に差し掛かった時のことだ。一階から二階に上った先に、「あ」ココロの財布が落ちていた。折り重なるように誰かの財布も落ちている。ココロは駆け足でそれ等を取りに行き、自分の財布と誰かの財布を拾う。

 
 なんで此処に落ちているんだろう、首を傾げながら中身を確認。

 遅れて二人が彼女の下に歩み、中身は盗られているかと尋ねる。「いいえ」お札も硬貨も無事です、ココロは困惑気味に答えた。
 



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あきゅろす。
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