06-15
ンマー、用意がいいこと。
微苦笑を浮かべる俺は堤さんからメモ紙を受け取る。「一度書いたことあるヤツですよ」と言われるけど、「うっわ」俺は声を上げた。
春水滿四澤
(しゅんすいしたくにみち)
夏雲多奇峰
(かうんきほうおおし)
秋月揚明輝
(しゅうげつめいきをあげ)
冬嶺秀孤松
(とうれいこしょうにひいず)
こ、これ漢詩じゃん! 陶 淵明(とう えんめい)の四時歌(しいじうた)じゃんかよ!
あ、ちなみに四時ってのは春夏秋冬の総称。陶 淵明ってのは中国の古い詩人さん。
その詩人さんの一番有名な詩は『飲酒二十首飮酒の其五』って作品らしい。うん、習字の先生が好きだったから覚えさせられた。詳しいことは分からないよ、俺、興味なかったから。説明の度に妄想ネバーランドでピーターパンとお空飛んでいたよーなー。時々フック船長とバトっていたかもしれない。
それにしてもさ、嘘だろ。まさかの漢詩? メンドクサイのを持ってきたな。春夏秋冬全部書けなんてくるとは思わなかったんだけど。
「えー」これ全部? 唸る俺に、「もっとムズカシイのありますけど」そっちがいいですか? 堤さんがニッコリと笑顔で脅してきた。なるほど、これでも簡単なものを選んできてくれたわけね。それには感謝感謝ですよ、はい。
「字体と期間は?」
「行書で十日以内が期限です。出展までさほど時間もありません。時間が掛かると思いますけど、お願いします」
「分かった。メアド教えといて。書き終わったら連絡する。作品は浩介に持たせて習字教室に持っていってもらうから。此処まで取りに来るよりはそっちの方が気が楽だろ? 十日以内か、結構厳しいな」
「だから早く快諾してくれた良かったのに」
ぶーっと脹れる堤さんの非難は素直に受け止めておくことにする。
書道って簡単なようでやたら時間が掛かるんだよな。書いても自分が納得しないと出展どころか誰にも見せたくないし。俺、そういう面じゃ凝り性だったから納得するまでにむっちゃ時間が掛かるんだよ。
はぁ…どうしようかな。道具は家にあっても、まず感覚を取り戻さないことには…、一応出展なんだからそれなりの字は書きたいし。
だってこれでも俺の特技! 胸張って不良達に主張しているんだから、綺麗な字を書きたいじゃアーリマセンか! これでヘボ腕だったら、もはや俺の取り得はチャリのみ! 習字の特技が剥奪されちまう!
ポリポリと頬を掻いて、「うん。頑張るよ」俺は吐息混じりに言葉を投げる。
「楽しみにしてます」ニッコニコと携帯を出しながらプレッシャーを掛けてくる堤さんに、俺はそれなりしか書けないからと釘を刺しておく。何度も言うけど、俺は三年も筆を触っていないんだ。自称お習字得意なのっと主張していても、三年筆を触っていなかったらなぁ。
赤外線でアドレスを送りながら俺はやっぱり溜息。引き受けた直後から後悔って、どんだけ嫌なんだろう俺。
「ふふっ。連絡先ゲット」
「堤さん、なんか言った?」
「いえいえ、なんでもありませんよ。圭太先輩。てか、ひなのって呼んで下さいよ! フレンドリーな私を阻んでいるんですか?」
なーんでそうなるよ。
呆れる俺を余所に、堤さんは始終ご機嫌で今度は俺の携帯に赤外線でアドレスを送り始めた。
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