06-13
だって先輩、ちっとも引き受けてくれないじゃないですか。
ビィビィ出入り口で喚き嘆く堤さんに、近くにいた弥生が苦笑い。「ケイ」ちゃんと彼女の下に行ってあげなよ、なーんて女子の味方についてしまう。「熱意はスゲェじゃん」頼まれてやったら? まだ不機嫌のヨウも微苦笑気味。顎でしゃくり、女子の味方についちまう。
そんなこと言ってもさ、堤さんと関わるイコール、毒舌の波子がっ。
……とはいえ、情熱という根性はほんっと逞しい限りだよ。
二日に一回は絶対頼みに来るもんな。創作の時間を割いてまで頼みに来てくれるってことは、それだけ評価されていることだろうけど。俺は関わりたくないんだよなぁ、毒舌の波子とは。
呻き声を漏らして重い腰を上げる。
ヤンヤンギャンギャン喚いている後輩(といえる程の仲でもないけど)に歩む。
その際、ココロの意味深な眼が飛んできたから振り返って一笑。やんわり笑みを返してくるココロは、なんだか物言いたげな面持ちを作っている。もしかして嫉妬してくれているのかな? 嬉しいけど、俺にはココロがいるし、そんな心配はない。ダイジョーブだって。
倉庫の出入り口に立つと、「先輩ぃいい」私、泣きますよ…、萎れた声を出す堤さんが恨めしそうな眼で俺を見上げてきた。
だからそんな顔しないでくれよ。苛めちまった気分になるじゃん。
俺は彼女と倉庫側の金網フェンスに寄りかかり、「なんで俺なの?」率直に尋ねた。「何度も言いますけど」田山先輩と波子先輩しか、習字が上手な人知らないんですって、堤さんはボソボソと告げてくる。
そんなことないだろ、俺は肩を竦めてブレザーに手を突っ込む。
煙草の箱が左の手に引っ掛かった。取り出してはみるけど、生憎俺はライターを持っていない。そろそろライター、もしくはジッポを買わないとな。ジッポ高そうだし、お手頃な百円ライターが妥当かな。喫煙できず、俺はその箱を投げて手遊び開始。
横目で眺める堤さんは、「喫煙するなんて」変わりましたよね先輩、と言葉を寄せてくれた。その台詞に茨は巻かれていない。
「習字を習っている時の先輩からは想像できませんよ。先輩が喫煙したり、ピアスをあけていたり、不良とつるんでいたり。不思議な感じです」
「俺も不思議な感じだよ。堤さんに頼み事されるなんて。そこまで親しい仲じゃなかっただろ? 書道もさ、木崎さん…だったかな。習字教室で一番上手いお姉さんがいただろ? その人に頼めばいいのに。なんで俺なの? おかげで毒舌の波子とまーた関わりを持つようになっちゃったし」
「ふふっ。波子先輩、田山先輩のこと嫌ってますものね」
ほんとだよ、毛嫌いされるような酷いことしてないのにな。
キャッチした煙草の箱を手の平におさめ、「俺の噂、知ってるんじゃないの?」平坦な声で彼女に質問を重ねる。
俺が荒川の舎弟だということは既に知っているだろう。ということはオマケの噂も知っているに違いない。やったことないけどカツアゲ噂も流されたし、ちょい前は万引き噂も流されたし、フルボッコ噂なんて年がら年中ならぬ日がら日中だ。
なのに、どうして彼女は俺に書道出展を頼もうとするんだろうか?
「まず最初の質問ですけど、真美姉ちゃん…、あ、木崎さんのことです。真美姉ちゃんは県外の大学に行っているので、一人暮らし。地元にはいません」
「なるほど。お次の質問は?」
「消去法で田山先輩の名が挙がったから、とでも言っておきます。だって他の人達、中学前でやめちゃってますものー! 根性ないんですものー!」
「本当は俺も中学前でやめちゃいたかったですよー。でもお母さん、怖いものでー!」
「どこでもお母さんは怖い存在ですよ、センパーイ!」
「ですよね。ワカリマース!」
って、アホか俺。
なんで向こうのペースに乗せられ…、あれ、堤さんってこんなにノリのいい子だっけ? 再会した時から思ったけど、なんか明るくてノリのいい子だよな。堤さん。
俺の疑念に、「私って女子の中じゃ」お調子者なんですよ、てへっと舌を出してくる。
「男子の前じゃ馬鹿なことできませんけどね。ドン引かれますし」
「なるほど。では俺は女と見られていると解釈しても?」
「あっはーっ、じゃあ私は男と見られているんですかね? 先輩にドン引かれていませんし?」
あははっ、あははっ、笑い合う俺達。
我に返った俺は額に手を当てて、ガックシ肩を落とす、また乗せられた。自分がお調子者だと自覚はしているけど、似た系統(しかも女子)が俺を乗せてくるなんて。ある意味強敵だよな、この子。
「堤さん恐るべし」「ひなのって呼んで下さいよ」苗字呼びは嫌いなんですよ、堤さんが物申す。
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