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05-32


 
 おかげさんでこっちは戸惑いやら苦笑いやら体が痛いやら、だ。

 ま、いいんだけどさ。それもまたシズなんだって受け入れられるし。
 楠本のような瞳をするくらいなら、今のシズの方が断然マシ。
  
 俺への悪戯に満足したのか、シズは敷布団に寝そべって俺の読んでいた漫画を手に取るとパラパラ捲り始める。
 「ケイ…」と、シズが悪いなと謝罪してきた。漫画を眺めながら詫びてくるその台詞、それは今の行為じゃなくて世話になっていることだって分かっていたから、「いいって」好きでしてるんだから、と返答。

 もう何べん聞いたか分からない詫びに肩を竦めて、俺はシズの隣に仰向けで寝転んだ。
 

「そろそろ耳にタコができそうだぞ、シズ。あんま謝るなって。あ、一人暮らしになったら、一番に俺を泊めてくれよ」
 

 シズは綻んで漫画を閉じた。
 頬杖をつくシズは、腹這いのまま足を宙で軽くバタバタ。その足先を見つめていると、「布団は…いいな」シズがポツリと零す。


「自分…、よく押入れで寝ていたから…、布団は快適だ」

「押入れといえば、なあシズ。お前の出てきた襖のことなんだけどさ、レール部分に釘が打ってあったのはなんでだ? おかげで開かなかったんだけど」

「あれか? あれは…、自分がやったんだ」


 犯人はお前か。

 ツッコむ俺を余所にシズは教えてくれる。親と口論になった時、もしくは身内のことで不味いことになった時は必ずそこに避難していた、と。外側から開かないように細工し、押入れに逃げ込んだ後、内側からも開かないよう足で襖を固定して寝ていた。
 小学生高学年の頃からやっていた行為らしく、最初こそお母さんが何度か釘を抜いたらしいんだけど、シズはめげずに釘を打ち直したとか。

 そこがシズにとって家の中で安心できる唯一の居場所だったらしい。
 押入れで眠りこけちまうことも多々だったらしく、中学の頃は度々愛人と母親の濡れ場を耳にしてしまったとか。なんとも味の悪い話だ。

 「遭遇した日はいつも…眠れなかった…」シズは微苦笑交じりに語る。
 
「出るに出られなく…なってな。終わるまで…、そこで過ごすんだが…、居心地が悪くてな。ウォークマン…を、次から持ち込むようにしていた。そして…、その内…自分も家にあまり…、帰らなくなった」

 だけど寝る場所に困って、野宿することも多かったとシズは目を伏せる。
 黙って聴いていた俺はただ相槌を打つことしか出来ない。変に同情するとシズもヤだろうから。
 
「二、三度…、身を売ったこともある…。どうしても…、寒い冬で…、雪が降っていたから。野宿じゃ…凍え死ぬと思ったから。あんまり性に…合わなくてな…、すぐやめてしまったが」

 ……シズ、そんなこともしたことあるのか。
 知らなかった、わりと長く一緒にいるのに。


「それに…、ヨウにも止められたんだ。後腐れ…ない関係だとしても…、自分が望んでいないなら…やめておけ、と」

 
 あいつにはいつも止められてしまう、シズは懐かしむような眼差しを作った。
 「今回は…」ケイにも止められてしまったな、懐古を宿す眼差しを俺に向けてきた。俺は首を横に振る。今回もシズを全力で止めたのはヨウだよ。俺はくっ付いていただけだ。何もしちゃない。


 あいつがシズを止めたんだ。

 ヨウはいつだって仲間のために突っ走る情に熱い男だよ。





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