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路地裏開始

 

 ◇ ◇ ◇
 
 
 今日は曇天か。
 
 水気を多量に含んだ空の重さと、その禍々しい黒さはいかにも降りそうだと楠本は天を煽ぎながら思った。
 銜えている煙草の先端からは、空へとのぼる紫煙がふわりふわり。空気に溶けていく紫煙に目を眇め、楠本は街の薄汚れた路地裏の一角でひとり、煙草をふかしていた。
 

「サキさんが消えた日もこんな天気だったな」

 
 楠本は泣き笑いを零す。
 
 あの日、見舞いに行った日も空は重々しい雲で覆われていた。
 入院してからというもの、誰とも口を利かない舎兄に元気づけようと病室を訪れたあの日、舎兄は人知れず退院していた。大慌てで看護師に行方を聞いたのだが、誰も何も知らず。家を訪れても舎兄の姿はなかった。

 
 一体全体何処へ行ってしまったのか、焦りに焦って携帯に連絡。

 
 何度目かのコールで舎兄は出てくれたのだが、そこで告げられたのは舎兄弟白紙。浅倉チームに戻るよう吐き捨てるように言われて電話を切られてしまった。掛け直しても相手は出てくれず、メールをしても返信はなく、とうとう携帯自体連絡が繋がらなくなってしまった。
 楠本自身、舎兄に捨てられたという気持ちはそこになく、寧ろ、拾ってくれた舎兄が責任を感じて消えてしまったのだと痛感。現実を受け入れられず、街中を探し回ったが舎兄は何処にも見つからなかった。見つからなかったのだ。

 その一方で目にした浅倉チームの現状。
 半強制的に裏切らせた仲間達の半分がチームに戻って悠々ぬくぬくそこに居座っている。舎兄を深く傷付けた、裏切りの主犯・清瀬 蓮まで戻っていたのだから楠本自身、強い憤りを感じた。
 どうしても許せなかったのだ。彼がチームに戻っていること、そして舎兄と元の鞘に戻っていることに。
 

 ―――…自分はあんなにも慕っていた舎兄を失ってしまったというのに。


 ノラと呼んで自分を可愛がってくれた舎兄。
 
 舎兄は舎兄なりにチームを想っていたし、なにより持て余しているチームの力を高く評価していた。その力を使えばきっと、チームのためになると考えていた。
 「くそっ」楠本は半分ほど吸った煙草をアスファルトに落として、靴底で磨り潰す。舎兄がどうして消えてしまわないといけなかったのだろうか。肩身が狭いから、責任を取るために、自尊心のために、思いは沢山あっただろうけれど自分は彼を必要としていた。

 だって居場所をくれた人だから。
 自分の傍若無人っぷりでさえ、しっかりとそれを受け入れて仲間として、弟分として、舎弟として傍にいてくれた人だったのに。暴力性の高い性格によって、居場所と存在価値を見失っていた自分を救ってくれた人だったのに。

「俺達が有名になれば、貴方は戻って来るんでしょうか? サキさん」
 
 有名になって貴方の居場所は此処にありますよ、と噂を立てれば仕方が無さそうに肩を竦めながら戻って来てくれるのだろうか。


「馨さん」


 と。

 仲間から声を掛けられる。
 
 シケた面を見られたくない楠本は、「動きはあったか?」相手を見やることなく質問。
 肯定の返事をする仲間は、「浅倉達は」どうやら奇襲攻撃をかけようとしているらしいと一報。今、奇襲を掛けられやすそうな土地を視察しているらしい。向こうには地を利用する荒川チームがいる。奇襲攻撃ばかり掛けようとする自分達に、オウム返し戦法を取るようだと報告を受ける。

 「ということは」荒川達がまた動いているのか、楠本は先日の一件を口にして疑問を抱く。
 土地を利用することが得意なのは荒川達であって、浅倉達ではない。動くのは荒川達か。邪魔なこと極まりないと楠本は舌を鳴らす。“エリア戦争”の恨みはあるものの、目的はあくまで浅倉チーム。お呼びではない。


「ある程度の土地の目安は分かっています、馨さん」


 仲間は連絡があったことを頭に伝える。
 その連絡を聞いた楠本は機敏な動きで行動を始めた。「今日で終わらせる」終わらせてやる、ゾッとするような笑みを浮かべて。
 



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あきゅろす。
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